ネコベッドというバンドの物語(5)
初ライブから数日後の話。
キッチンでは特大のフライパンが盛大にガシャガシャ鳴っていた。
だれかが大声で注文を叫ぶ。グループで一種類同じ物を注文しろ、と店主の悲鳴のような命令が聞こえる。
大学のすぐ側の「エルム」という店。
名物の「カルボナーラ」という名前を騙った焼きそばのようなスパゲッティをすすりながら、メンバーの一人が言った。
「女性ボーカルとか、いいんじゃない?」
彼の高校の同級生の女の子が、今東京にいて、ソニーミュージックの育成部門にアーティストの卵として所属しているのだという。
それで待ち合わせをして会うことになった。
新宿歌舞伎町の入り口の「すずや」の前だったと思う。
彼女は革ジャンに革パンというかなりロックな出で立ちでそこに立っていた。細くて顔が小さくて、芸能人みたいだった。
近くの喫茶店に入って、ポータブルのMDプレイヤーでネコベッドのスタジオ練習の録音を聞いてもらった。
ぼくはソニーという看板に怖気づいていたので、目を泳がせながら、「ちょっと音質が悪くてごめんねー」とか「次の曲は飛ばしていいよ」とか、なるべく彼女の注意を反らそうと必死に話しかけた。
そして、聞き終わったあと、イヤホンを外してひと言
「いいじゃん。」
と言ってくれた。
それで決まり。
ぼくがその日、家に帰ってすぐにギターの練習を始めたという話は本当は内緒にしておきたかったけれど。