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カーリング 吉村紗也香さんについて思うこと

 今日(9月12日)、北京五輪カーリング女子の日本代表が決まった。

 前回銅メダルに輝いた、藤澤五月選手率いるロコ・ソラーレだ。

 オリンピックでしかカーリングを見ない方(そういう僕もせいぜいテレビ観戦するだけのニワカだが)にとっては、順当な結果と思われるかも知れない。しかし、今年2月の日本選手権を制したのは、ロコ・ソラーレではなく今回の対戦相手である北海道銀行だった。

 女子カーリング界は長らく、ロコ・ソラーレ、北海道銀行、中部電力そして富士急の4強が続いている。この中でロコ・ソラーレが圧倒的に抜けているかと言えば、決してそうではない。中部電力は、なぜかオリンピックには縁がないものの国内大会では圧倒的な戦績を残しているし、富士急も先月の「どうぎんクラシック」でロコ・ソラーレを破って優勝している。そして北海道銀行は、先述のとおり今年の日本選手権覇者である。

 だから、ロコ・ソラーレと北海道銀行のどちらが日本代表になるのかは、フタを開けてみるまでは分からなかったし、もっと言えば、文字通り最後の試合、最後のエンド、最後の一投まで分からなかった。まさに実力伯仲である。

 こうした状況の中で、ロコ・ソラーレと北海道銀行のどちらを応援したものか、自分の中で最後まで揺れ動いていた。

 どんなスポーツも、競技の内容と同じくらい、あるいはそれ以上に、選手たちの人間ドラマにその魅力がある。カーリングも例外ではない。いや、もしかしたらカーリングは、他のどんな競技よりも人間ドラマに魅力があるスポーツかも知れない。

 カーリングは、その国内競技人口の多くが北海道の(旧)常呂町という人口5,000人の町に集中しているという、特異なスポーツだ。チームメイトや対戦相手のメンバーが、知り合いや同級生はおろか、親兄弟であることも決して珍しくはない。そんな濃密な人間関係の中で、チームの移籍もあれば今回のようにオリンピックの切符を賭けて死闘を繰り広げることもある。人間ドラマの坩堝と言っていいだろう。

 僕個人としては、前回のオリンピックの銅メダルで感動させてくれたロコ・ソラーレを応援したい気持ちはもちろんあった。しかし、実況アナウンサーの言葉を借りれば、「今日の代表決定戦出場メンバーの中で唯一オリンピック出場経験のない」吉村紗也香選手をオリンピックで見てみたいという気持ちも、同じくらいあったのである。

 僕の勝手なイメージなのだが、吉村選手には「薄幸」「苦労性」といった単語がつきまとう。ストーンを投げる時、とても思い詰めた、この世の全ての労苦を背負っているかのような表情で投げているように見えるからだ。

 そして、切羽詰まった表情で投げた勝負どころのショットで、目を覆うようなポカをやらかしてしまう……というのもまた、僕の中の吉村選手のイメージであった。そうしたこともあり、4強と言われながらも、北海道銀行はなかなか国内大会で勝てないことも多かった。

 去年までは。

 今年の日本選手権、吉村選手は別人のように見えた。

 表情には自身が溢れ、勝負どころのショットをことごとくものにした。盤石の安定感に支えられたチームは、6年ぶりに日本選手権の優勝を成し遂げたのである。

 五輪の出場枠を賭けた世界選手権では少し不安な面も見え、思うような結果にはならなったので、世界の競合相手にどこまでやれるか……?という懸念はあったものの、今の北海道銀行で闘うオリンピックも是非見てみたかったというのが僕の偽らざる気持ちであった。

 結果は、冒頭に書いた通り、ロコ・ソラーレの勝利で幕を閉じた

 ロコ・ソラーレも本調子ではなかった部分もあったが、さすがの勝負強さだった。とてつもないプレッシャーがかかったと思われる、外せば逆転負けの最終エンド・最終ショットを決めて見せた藤澤選手の集中力は素晴らしいという他ない。国としての五輪の出場枠はこれから世界最終予選で獲得する必要があるが、今の彼女たちであればきっと大丈夫だし、その先のオリンピック本戦でもよい戦いをしてくれるだろう。本当に頼もしいチームだと思う。

 一方の北海道銀行も、決して引けをとってはいなかった。吉村選手も、やはり、去年までの吉村選手ではなかった。ただほんの少しだけ、ロコ・ソラーレが上を行った、それだけのことだった。

 試合終了後、吉村選手は、ロコ・ソラーレを率いる本橋麻里さんととても長いハグを交わしていた。耳元で囁く本橋さんの言葉に、何度も何度もうなずいていた。

 その言葉が何であったのか、見ていた我々にはわからない。

 ただそれは恐らく、吉村選手のこれからの未来に向けられた言葉だったのではないか。

 カーリングはとても選手生命の長いスポーツである。吉村選手もこれからまだまだ長く一線で活躍してくれると僕は思っている。だから、いずれ近い将来、さらに強くなった吉村選手の、北海道銀行のカーリングが見られることを信じてやまないのである。

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