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【第7章】置かれた市場環境によって企業の在り方も変化していく

※「世界標準の経営理論」で学んだことのメモ一覧はこちら

「情報の経済学」「エージェンシー理論」に続いて、この章では取引費用理論(Transaction cost theory:以下TCE)の紹介する。TCEは、RBVと並び近代経営学に影響力を持つ理論と言えるらしい。同理論を紹介した実証検証は膨大な数に及び、応用できるテーマも多岐にわたる。この分野で特に有名な研究者はシカゴ大学のロナルド・コース教授とカリフォルニア大学バークレー校のオリバー・ウィリアムソン教授の2名だ。
TCEは「特定の状況(限定された合理性)において取引で発生するコストを、最小化する形態・カバナンスを見出す」ことを目的としたものでということだが、かなり抽象的で難しい表現なので、具体例を示しながら説明をしてみたい。


1919年、GM VS. フィッシャーボディの取引

背景
1919年GMは既に米国を代表する自動車メーカーであった。当時の自動車あ🅂産業は木製部品を組み合わせてつくる「オープンな車体製造」から1枚の鉄板をプレスする「クローズドな車体製造」への移行期にあった。プレス製造には多額の設備投資が必要になる。そこで、GMは当時有名なサプライヤーのフィッシャーボディに、プレス設備の導入とクローズドな車体の製造を依頼した。しかし、フィッシャーボディは多額投資が必要となることから最初は依頼を拒んだため、GMは「1投資してくれたら10年はフィッシャーボディ以外からは受注しない」という専売契約を提案し、フィッシャーボディも依頼に同意した。
環境の変化
専売契約の数年後、自動車の需要が急激に伸びる「不測の事態」が起こった。そしてその注文の大半は木製部品でなく「クローズドな鉄鋼車体」であった。その想定外の伸びを受け、GMはフィッシャーボディに対して大量発注を行った。その際、大量発注をすればフィッシャーボディから価格の値下げしてもらえることをGMは期待したが、一切値下げはされなかった。この理由として、大量発注した時にどうするかについて特に取り決めがされておらず、GMはフィッシャーボディ以外に車体供給先を見つけられなかったことが大きい。
そもそも、専売契約があることで「クローズドな車体製造の技術・ノウハウ」にフィッシャーボディに蓄積されていたため、仮に契約を解除しても他の会社に依頼することが難しいというGMがかなり弱い立場にあった。そのことをフィッシャーボディもよくわかっており、実質的にはGMの「足元を見てきた」のである。
このような状況を経済学・経営学では「ホールドアップ問題」という。
ホールドアップの要因とその帰結
TCEによると以下の3つの条件と1つの大前提が、ホールドアップ問題を引き起こす要因としている。
1.不測自体の予見困難性
将来が見通しにくい環境においては「不測の事態」の予見の難しさが生じやすい。これは前提となる合理性が限定的であることでおこる。今回のようなGMとフィッシャーボディの契約は契約時には予測不可能だったことが招いた事態と言える。
2.取引の複雑性
取引の複雑さも影響する。GMとフィッシャーボディの事例では複雑なプレス技術に対して、将来を見通した契約を出来なかったことが問題の1つと言える。
3.資産特殊性
資産特殊性とは2社のビジネス関係において、一方の企業のビジネスに不可欠な「特殊な資産・技術・ノウハウ・経営資源」などが、もう一方の企業に蓄積されることを指す。例えば、ITアウトソーシングでシステム構築を依頼する際、一度システムを依頼するとその複雑なシステムを他社が全て理解することが難しいため、他社への発注が難しくなり、受注側の力が強くなるのはよくある例と言える。
4.機会主義
3条件の背後にある大前提として、フィッシャーボディの例のように相手が「取引相手の足元を見るような会社である」ということもある。このような相手を第抜いてでも自分を利する行動を「機会主義的な行動」と呼ぶ。
GM VS. フィッシャーボディの末路
フィッシャーボディとの関係で取引コストがかかりすぎると判断したGMは、最終的には1926年にフィッシャーボディを完全買収して内部化することで幕を閉じた。3つの条件が高い状況では、外部のままにしておくより内部に取り込む方が最適かの判断が問われる。

TCEはなぜ「企業が存在するのか」を説明する

冒頭でTCEの目的は「特定の状況(限定された合理性)において取引で発生するコストを、最小化する形態・カバナンスを見出す」と伝えたが、詰まるところ「外注(市場取引)か、内製(企業への内部化)か」という選択だと理解いただけただろうか。
日本メーカーがアジア企業に製造を外注するのはイメージしやすいだろうし、グローバル企業だとコールセンターがインドにあるのも、コストの最適化の判断の結果とイメージしやすいだろう。
詳細な説明は本に記載があるため省略するが、その選択が最適なのかは様々な形で研究がされている。

ハイブリッドガバナンスに潜むトレードオフ

ここまで、外注・内製の2択で説明をしてきたが、現実のビジネスにはその中間形態もある。市場と企業の混合という意味で、ハイブリッド・カバナンスと呼ばれる。代表的なのは企業間連携(アライアンス)関係だ。限定的な取引でありつつ、両者がお互いリソースを出し合う側面もある。さらに出し合う関与の度合いも、技術ライセンスの提供、共同開発、ジョイントベンチャーなど濃淡があり、最適なガバナンスを決断する難しさがある。
その使い分け方法だが、例えばグローバル展開する時一番取引コストがかかるのは新興市場であり、理由は司法制度が整っておらず、予測不能性が高いことが大きな理由となっている。

このように、TCEは100年前から現代まで、説明できる応用範囲は広く、企業・組織とは何か、の本質を考える上でもTCEは欠かせない。そのため、経営学でも重視されているのだ。



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