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【第28章】「常識をそのまま受け入れてはいけない」

本章では、今の世界の経営学者が盛んに応用する「社会学ベースの制度理論
」を紹介する。と紹介に入る前に「社会学ベースの制度理論」という言葉を出したその理由を簡単に説明しておく。「制度理論」には、社会学ベースと経済学ベースがある。経済学ベースの制度理論とはゲーム理論を基礎に「一人一人のプレーヤーが独立して、合理的に意思決定をする」という全体に立つ。一方で、社会学ベースの制度理論は「人は必ずしも合理的に意思決定するとは限らず正当性で意思決定を行うこともある」という前提に立つ。現在の経営学の主流は後者の社会学ベースの制度理論なので、本章ではこちらを紹介していく。


マクロ視点で人・組織・企業は同質化する

スライドの右側を見ていただくと、最初の段階では、フィールドAとフィールドBにそれぞれ〇、△、□が散らばっている。最初のうちはバラバラだが「行動」「ビジネス慣習」「仕事の仕方」などに偏りが出てきて、どれか1種類が採用される割合が増えてくる。(フィールドA:〇、フィールドB:△)そして、ステージ2になると特に理由なくの多くの他社がやっているからという理由で選ばれ始める。ステージ1の段階では選択に合理性があったかもしれないが、ステージ2では正当性でだけでなく合理性のない行動になっているのだ。そして、ステージ3になると正当性で決まった行動が常識として定着していく。
ここで、フィールドAとBの違いに合理性はなく、そのフィールドに応じた正当性で決まっている。社会的な正当性を求めた結果、人・組織は常識に染まり、同質化していくのだ。
この同質化のプロセスを「アイソモーフィズム」と呼ぶ。

アイソモーフィズムを促す3つのプレッシャー

3種類の同質化のプレッシャーが、社会学ベースの制度理論の基本メカニズムである。それは以下に紹介する。
1.強制的圧力
政策・法制度のもたらす圧力
である。企業の行動は、言うまでもなく政策や法律に大きく制約を受ける。結果、その制約の及ぶ範囲(フィールド)の企業は、似た行動を取りがちになる。女性活躍推進法案などはその顕著な例である。
2.模倣的圧力
「皆がやっているから」というのが、模倣的圧力
である。模倣的圧力は、特に不確実性が高い時に高まりやすい。何が正しいかわからないと「まずは多く人がやっていることを、自分も採用しよう」という心理メカニズムが働くからだ。一時期のノー残業デーのブーム、各社が似たような製品を出し続けたガラパゴス携帯などが例として挙げられる。
3.模範的圧力
規範的圧力は、特定の職業分野・専門分野で生じる「この職業はこうでなければならない」「こうすべき」という圧力
のことだ。例えば、野球部の練習でうさぎ跳びが長い間社会的通年としてトレーニング用いられていた。

この制度理論は理論は「常識が形成されるメカニズム」を説明する経営学でも数少ない理論の1つである。この同質化現象は、人事施策、組織制度、CSRなどで研究されている。

グローバル企業ではレジティマシー(社会的正当性)に直面する

現在のグローバル経営論で重要なキーワードの1つに「制度のすき間」(instutitional void)がある。国というフィールド内では、常識が一緒でも別の国に行くと違う常識が存在している。そのため、海外に進出するとその「常識」の違いに戸惑うことが実に多い。
事例:新興国では政府へのインフォーマルな支払いすなわち賄賂行為が常識となっている。良くも悪くも賄賂は「空気のような常識」だ。一方で、先進国においてはコンプライアンスの観点から賄賂をしないことが「空気のような常識」になっている。
このような状況で、新興国では賄賂を催促され、先進国の賄賂が絶対するなと命令され、板挟みでレジティマシーの衝突が発生する。
では、どのようにこの状況を勝ち抜けば良いのか。特に注目すべき方法が2つある。
第一はアイソモーフィズムの3つの圧力の中でも、特に「強制的圧力」に働きかけることだ。賄賂はもちろん倫理的にすべきではないが、それ以外の手段、例えばロビイングやCSR活動を巧みに使って政府部門にアプローチし、フィールドを自社に有利な方向にもっていくのは新興市場で極めて重要だ。
これを「非市場戦略」(non-market strategy)と呼ぶ。
もう一つ、人材登用も重要な論点だ。例としてフェイスブックでは近年政府・司法分野のキーパーソンを次々に採用しているが、こういった登用は対政府・対司法の交渉と、非市場戦略を行う上で重要となる。
これは、「政府部門を味方につける」いわば、「グレーなものを巧みに利用する」というアプローチである。

常識を塗り替えることもできる

最後に、常識に対して抗い常識を塗り替えてしまうアプローチを「インスティチューショナル・チェンジ」と呼ぶ。そしてこの腹振り役を「インスティテューショナル・アントレプレナー」と呼ぶ。
常識の塗り替えるアプローチは大きく3つだ。
対抗手段①:強制的圧力への対抗→政府部門へのアプローチ
これは政府部門に働きかけることで、既存の強制的圧力を変化させ、自身が目指す新しい常識を促すことだ。
対抗手段②:規範的圧力への対抗→様々な啓蒙活動
「このビジネスはこのようにやるのだ」「この職種はこういうものだ」という伝統的な通年・常識をかわすには「その常識はそもそもおかしい」という啓蒙が必要になる。結果、インスティテューショナル・アントレプレナーはメディア・講演活動を通じて自身の考えを広く訴える。
対抗手段③:模倣的圧力への抵抗→仲間・支援者の巻き込みと、成功の積み重ね
「他者がやっているから」という圧力に対抗するには、周囲を啓蒙し、様々な手段で多く人と繋がって情報を発信し、彼らを巻き込むことが重要になる。研究により「インスティテューショナル・チェンジに必要なのはスーパーヒーローではなく、日々の地道な行動の積み重ねがである」という結果がでている。

我々のビジネスを取り巻く社会的な常識は、けっして普遍的ではない。それぞれ特定の範囲において生み出された幻想なのだ。ゆえに、盲目的に従うのではなく、思考して意志をもって行動の意思決定を行うことが大事になる。

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