【第5章】正直者が馬鹿を見てしまう構造とそうならないための仕組みづくり

5章からは「組織の経済学」にテーマが変わる。現在の経営学を学ぶ上で、組織の経済学が必要と書かれているが、最初は全く理解出来なかった。ただ、組織が抱える構造問題の本質(組織・個人がビジネス取引で直面する課題、そもそも企業組織はなぜ存在するか)に迫る内容という頭出しには興味を惹かれ読み進めた。もともと、ゲーム理論をきっかけに研究が進んだということで数学の難しい式が出てくるのではと想像したが、そんなことはなく具体的を含めた分かりやすい文章で書かれていた。そのため、なんとか概要は理解することが出来たと思うので、拙いながら以下で説明を試みたい。

アカロフのレモン(中古車)市場

2001年、情報の経済学に多大な貢献をしたことで3名の経済学者がノーベル賞を受賞した。(コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授、ニューヨーク大学のマイケル・スペンス教授、カルフォルニア大学のジョージ・アカロフ教授)。この後紹介する「アカロフのレモン(中古車)市場」の論文はアカロフ教授が発表したもので、1970年とかなり前だが今でも例によく使われているそうだ。

論文では中古車と売りたい人と買いたい人がいた時の取引について説明がされている。中古車は同じ車種・年代の調べればわかるものの、故障歴や事故歴などは所有者本人しか知らないため「車の正確な価値が買う側には分からない」という特徴がある。
そんな「情報の非対称性」がある状況で、売り手が車を高く売るためにする合理的な行動は、本当の値段よりも高く値段を提示する「虚偽表示」である。それに対し、買い手は売り手は「虚偽表示」している可能性があるという情報を知っている場合、合理的な行動としてディスカウントを要求する。
これはイメージしやすい状況だが、そこで困るのは正直に本当の値段で販売をしている人だ。買い手を疑って必ずディスカウントする状況になっていると、正直ものの売り手は商売が成り立たなくなり、「虚偽表示」する人だけがいる社会になってしまう
このような状態を「アドバース・セレクション(adverse selection)」と呼ぶ。


高まるアドバース・セレクションを考える重要性
最初に1970年の論文を紹介したが、近年がこの考え方はより色んな場面で考える必要性が増している。いくつかの例を以下に紹介しよう。
1.就職市場
企業で採用面接の面接官になった時、その候補者が言う実績をそのまま信用出来るだろうか。疑うわけではないが、どのようにその実績を達成したのか偶然か実力かを質問を通じて確認するだろう。一方で、候補者も質問されることは予想できるので答えを準備してくるだろう。その時に準備が本当にやったことであれば良いが、過剰の脚色(=虚偽表示)があった場合、アドバース・セレクションに繋がっていく。結果、本当の実績をアピールした人が低い評価しかされない状況になって閉まる可能性がある。
2.保険など、買い手が私的情報をもつ場合
次に自動車保険に入る人の例を考えてみよう。この世には「注意深く自動車事故を起こしやすい人」と「不注意で事故を起こしやすい人」がいる。保険に入ろうしている人がどっちなのかは買い手にしか分からない。会社としては当然前者には安い保険料、後者には高い保険料を払ってもらいたいが分からないので一律で同じ保険料を払ってもらうしかない。すると前者は割高に感じて保険に加入しなくなってしまう可能性がでてくる。
3.融資・投資
金融業界は分かりやすくアドバース・セレクションに囲まれた業界と言える。お金を借りるが出来るだけ金利を安く必要なお金を借りたいので「自分は全く問題ない。ちゃんと返すから金利を安く貸してほしい」と主張してくるであろう。また、スタートアップ企業が出資をしてもらう時も、会社のポテンシャルをアピールし、有利な条件で出資を得ようとするだろう。
4.M&A(企業買収)
最後にM&Aの場合だが、これもスタートアップ企業への出資と同じように見栄えが良い状態で高く買ってほしいと主張してくるので、それを冷静に見極めるためにはDD(デューデリジェンス)も必要となってくる。

このようなアドバース・セレクションについて、できるだけ正直者が馬鹿をみない仕組みにしようという工夫を企業もしており、その一例としてメルカリを紹介したい。
メルカリは、売り手と買い手が相互レビューをすることで虚偽表示をするインセンティブが起こりにくい環境づくりと、金銭のやりとりで問題は発生しないようメルカリがPFとして、取引の先入金・後振り込みの仲介を行うことで信頼性を担保している。

アドバース・セレクションを解消する方法
先ほどのメルカリは一例だが、企業や大学においても色んな研究がされており、色んな対処法が考えられている。
1.スクリーニング
自分が情報を持っていない場合の対処法としては、相手に複数の選択肢を提示してリスクの買いする方法がある。先ほど自動車保険の例を紹介したのがまさにそれで、保険料が安い分保証も少ないとプランと、保険料は高いが保証も手厚いプランを用意すると、事故が少ない自信がある人は前者のプランを選択し割高になることを避けられる。
また、他の例としてファミレスに来客する人が節約志向が強いファミリー世帯か安さよりおいしさ重視の独身ビジネスパーソンのどちらか情報をもっていない店側は普通だと判断がつかない。しかし、クーポンを配布するとファミリー世帯はクーポンが必ず活用するのでスクリーニング(見分けること)が可能になる。
2.シグナリング
スクリーニングは情報を持たない人が情報を得るための対処法だったが、シグナリングは価値ある資格(情報)を持っている人がきちんとそれを知ってもらうための対処法と言える。「分かりやすく顕在化したシグナル」として例えば、偏差値が高い大学を卒業している人は「高い能力・真面目な性格」を持っている可能性が高いことをシグナルとして発信するなどはわかりやすい事例であろう。
ただ、日本では学歴至上主義への偏りから、採用活動を大学名だけで足切りするような状況を問題視され、履歴書に大学名などを記載しない企業も出てきたように、シグナルだけに頼るのも危険なように個人的には思う。

情報の非対称性はチャンスでもある

ここまで非対称性があるのはよくないから減らした方が良い、という感じの紹介をしていたが、最後に非対称性があることがチャンスにも在りうることを紹介したい。具体的には「上場企業よりも非上場企業を対象に買収した方が、買収パフォーマンスが高まる」という研究結果について触れておきたい。
なぜそうなるかというと、上場企業は情報開示されているため希少価値が少なく、非上場企業は情報見えていない分リスクがあるものの希少価値つまり掘り出し物の情報があることが1番の理由として挙げられる。つまり、非公開情報の企業に対して本当の価値を見抜くことができる「目利き力」がある場合、情報の非対称性を利用したライバルを出し抜けるのだ。
日本では日本電産の永森さんなどはあえて規模が小さく、業績の悪い会社をあえて買収し会社を成長させてきた点から目利き力が高い経営者と言えるだろう。
非対称性が全く無くなること考えにくい中では、最終的には目利き力を養う重要性は今後もしばらく続きそうだ。、




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