禍話リライト「血まみれトイレ」

※前置きとして語られたかぁなっき氏の体験談は別記事に分けてあります。

 これね、凄いなー、って思うのは昼間に行ったって言うんですよ。

*

 この話は、ある人が昼下がりに街を歩いていたら、急にお腹が痛くなった、というところから始まる。

 いろんなコンビニに入ってみるが、防犯上の関係か、なかなかトイレを貸し出しているところがない。かといって、トイレのためだけに大きな商業施設に行くのも面倒くさい。
 そこで、公衆トイレに行くことにする。幸い、今歩いている場所から近いところに、確実にトイレが設置されているであろう大きな公園があった。

 公園内で公衆トイレを見つけ、男子トイレに入る。中には個室が三つ。彼は二番目―中心の個室に入った。便器の蓋が閉まっていたので、便座に座るために蓋を開ける。

 便器の中に血が飛び散っていた。

「おっ…!?」
 流石に一瞬驚いたものの、その血はあまり派手な量ではなく、例えば便器の外、便座や床に飛び散っているわけでもない。排便時にちょっとしたトラブルがあって出血した、と言われたら納得する程度のものだったという。
(…痔かなんかの人が来たのかな…)
 一回水を流すと便器はすっかり綺麗になった。若干気持ち悪く思ったもの、そのままそこで用を足すことにする。

 個室に入ってから三分程度が経った。(間に合ってよかったな~…)などと考えていると、ドア越しに声が聞こえた。
「あのー、すみません…」
 ノックもなく突然話しかけられたので驚いた。そもそも、他の二つの個室は空いているので、声を掛けられること自体が不自然だ。思えば両隣の個室に人が入ってくる様子もなかったので、なおのこと奇妙に思った。
 その声は、自分と同年代か、あるいは自分より少し下ぐらいの若い青年のもののように聞こえる。
「なんですか?」
 怪訝に思いながら返答する。
「あのー…トイレの中、血だらけじゃなかったですか?」
 自分の前にこのトイレ使っていたのがこの人で、血の始末をしなかったことを気にして戻ってきたのだろうか、と考えた。

「ああ、あれだったら流しちゃいましたけど…」
「すみません…妹が、すみません」

 妹?男子トイレなのに?という点は気になったが、とりあえずそのことは脇に置いて、相手にあまり気負わせないように明るく返答する。
「いや、あれだったら流しちゃったから大丈夫ですよ!」
 しかし、扉の向こうの青年は、その返答を聴いているのか聞いていないのかわからないような様子で話を続ける。

「いやね、うちの妹ね、ちょっと呼吸器に疾患があって…」
「あ、はい…」
「だからね、本当は兄貴である自分がそうした後始末をしなきゃいけないんですが…すみません…本当にすみません」
「はあ…いや、もう全然…全然良いんで…」

 いろんなことを不自然に感じた。
 呼吸器疾患で吐血?それって肺とかのかなり重い病気じゃないのか?というか呼吸器疾患で吐血が常態化しているような人が公衆トイレに来るのだろうか…?というかこの人、さっきから謝り過ぎだよな…。
「すみません…本当に…」
 青年はなおも謝罪を繰り返す。その様子を気持ち悪く思いながらも、もう一回明るく返答してみる。
「いや~、別に床とか便座とかに飛び散ってたわけじゃないし、本当に一回水流したら綺麗になったんで!気にしなくていいですよ!」
「すみません…本当にすみません…うちの妹、呼吸器に疾患があって…」
(いや、それは分かったから…っつーかこの人、話聞いてる?)
 こちらがどんな返答をしようが、ドアの向こうの青年は謝罪しながら同じ話を繰り返す。そこから押し問答のような会話が続いたという。すみません、いや全然良いんで、うちの妹が呼吸器に疾患があって、いや気にしてないですよ、本当にすみません…。

 不毛な遣り取りを続けてどれぐらいが経っただろうか。
 トイレに他の利用者が入ってきた気配があった。
(あ、誰か来たな…)
 次の瞬間、トイレの中におじさんの叫び声が響いた。
「うわ!ちょっと!兄ちゃん何してんの!?」
 どうやらおじさんは扉の向こうの青年に対して慌てた様子で声をかけているようだ。
「おい!お前!携帯持ってるよな!?救急車!警察!」
 おじさんの声の向きや距離が変わった感じがあった。どうやらこれは青年ではなく、トイレの外にいる誰かに声をかけているらしい。遠くから、飼い主がパニックになった様子を見てうろたえているであろう、けたたましい小型犬の鳴き声も聞こえる。
(へっ!?何!?)
 何が起こっているのか全く分からないまま、ドキドキしながら外の様子を聞いていた。
「はやく!携帯!110番と119番!」
「なに!?どうしたの!?」
 おじさんの連れと思しき女性の声が聞こえる。彼女の質問に対して、おじさんはこう答えた。

「いや、中にいる兄ちゃんがね、なんかよくわかんねえんだけど、個室の扉にもたれかかって手首切ってるんだよ!」

(えええええええ!?)
 その言葉を聞いて自分もすっかりパニックになってしまった。しかしこの状態ではどうすることもできない。
「なんだどうした?」
「いやな、トイレん中で兄ちゃんが手首切って血だらけになってんだよ!」
「はあ!?」
 おじさんの慌てている様子を聞き付けて、公園を利用しているご近所さんたちが集まって来たらしい。騒動が少しずつ広がっていく様子を、個室の中で何も出来ずに聞き続けていた。

 個室の中で耳をそばだてていると、公園に集まったご近所さんたちがタオルなどを使って青年を介抱している様子が何となく伝わってきた。どうやら青年はもう扉にはもたれかかっていないらしい。
 正直気が進まなかったが、このまま個室の中にいてもどうしようもないので、そのタイミングで出ていくことにした。
「ん、なんだ、あんちゃん知り合い?」
 個室の前には人がたくさん集まっている。その中に、ぐったりした青年を介抱しているおじさんがいた。声を聞くに、どうやらこれがさっきのおじさん―あとで聞いた話によると、おじさんは妻と一緒に公園に犬の散歩に来ていて、その途中で用を足したくなりトイレに入ったところだったという―のようだ。
「あ、いや、全然知らない人です…」
「そりゃ災難だったねぇ」
 色々話しているうちに、あんた若いんだからここ押さえて、なんてよくわからない理論で丸め込まれて、青年の手首を押さえることになってしまった。
 血に塗れた腕に手をやる。そこで初めて、彼が両手首を切っていることに気付いた。
(うっわあ…やだなあ…)
 そう思ったが、仕方がないので警察や救急車が駆け付けるまでおじさんたちと一緒に介抱を続けた。

 病院に搬送された青年は一命を取り留めた…というより、そこまで深く手首を切っていたわけではなかったらしく、特に大事には至らなかったという。

 警察署で簡単な取り調べを受けることになった。ただトイレに入っていただけなのだが、事態が事態だけに仕方ない。
 自分と同じくらいの年の頃の若い警察官に事情を詳しく説明すると、そうなんですか、それは災難でしたねえ、と同情してくれた。

 後日、もう一回取り調べを受けることになった。
 とはいえ、それは前回のように詳しく出来事の詳細を聞かれるようなものではなく、ただ書類を確認して印鑑を押す、簡単な手続きが主だったという。
 先日の取り調べの時と同じ、若い警察官が応対してくれた。

 手続きの途中、警察官がこんな話を始めた。

「いやーでもねえ、助かったんですけどね、あの方ね…」
「なんかあったんですか?」
「ご家族の方が署まで挨拶に来てね。ご迷惑をおかけして申し訳ありません、なんて話をしたんですけど。それがねえ…気持ち悪い話なんだけど、妹さんなんかいません、って言うんですよねえ」
「え?…そうなんですか」
「だからね…大学生ぐらいだったじゃないですか。だから何か悩んだりしてたのかなあ、って…」
「ああ、そうなんですねえ…とりあえず助かって良かったですねえ」

・・・

 …いやね、お巡りさんはそう言うんですけど、一つだけ解せないことがあってね。これだけだったらただのヤバい人の話なんですけど。
 個室の外から謝ってきた、って言ったじゃないですか。すみません、すみません、ってずっと言われていたわけですよ。おじさんが駆け付けるまでずっと、すみません、すみません、って。
 でも、そのすみません、すみません、って声に、三回に一回ぐらいの割合で、小さい女の子の声が重なってたんです。
 彼と一緒に謝ってるんですよ、すみません、って。絶対にその声を聞いてるんですよ、僕。
 僕、それ聞いて、てっきり彼には小さい妹さんがいて、その妹さんの具合が急に悪くなったから仕方なく男子トイレに連れて行って、妹さんを介抱したんだと思ってたんです。だから一緒に謝ってるんだと。
 でも外に出たら、介抱していたおじさんとか、近所の人たち以外には彼しかいないし、そもそも彼には妹さんがいないっていうじゃないですか。

「…だから、うわぁ気持ち悪ぃな、って思って」
「不思議な話ですねえ…なんでそんな事になるんでしょうね?」
 かぁなっき氏が体験者に尋ねると、体験者はこんな話を始めたという。

 …そこの公園って、とても広くて整備も行き届いているんですけど、奥の植え込みの中に入ると、変な感じで石が積んである場所があるんですよ。
 周りは植え込みだから、外からは見えないようになってるんですけど、中に入るとその石の周りはちゃんと草が刈られていて…だから、掃除しているボランティアの人は知っていると思うんですけど。
 なんかそういう場所があるんですよね…。


◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聴き手:加藤よしき
出典:"ザ・禍話 第十九夜"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/630626112)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi

☆高橋知秋の執筆した禍話リライトの二次使用についてはこちらの記事をご参照ください。