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EUとUS政府のアクセシビリティ政策

EUの動き(EAAとAccessibleEU)

19日の10時20分は、米国508条の状況を説明するセッションと、EUアクセシビリティ法の推進に関するセッションが、同時刻の開催だった。同じような関心を持つ参加者を分散させる狙いなのだろう。特に初日はどの部屋も満杯だからだ。
私はEUの方に参加した。話者はこの数年必ず報告してくれているオーストリアのKlaus Hoecknerである。彼はAccessible EUのオーストリア代表である。(なおオーストリアには、もう一人有名なKlaus Miesenbergerがいる。彼はAccessible EUのICT部門のトップとしてEU全体を仕切っている。またEUのCSUNとも呼ばれるATとUDの会議であるICCHPをリンツで主宰しており、CSUNには毎年参加している。)

Klausの自己紹介のページ
AccessibleEUのオーストリア代表のKlaus

このEAA(European Accessibility Act)は、正確にはEU各国で法律を定めそこで達成すべき目標を定めている指令(Directive)であるが、その成立過程から一般的にEAAという法律名で呼ばれている。2019年に成立し、2022年までにEU各国で国内法を整備し、25年から発効することを定めている。簡単に言えば、EU内で、アクセシブルでないICT製品やサービスの製造・流通・販売・輸入を禁止するというものだ。EU市場で製品を流通させるためには、CEマークという認証が必要だが、このCEマークの中に、アクセシビリティ基準が入るのである。
対象となる製品は以下のようなものだとKlaus H が説明していた。(トップの画像の内容である)
・コンピューターとOS
・ATM、券売機、チェックイン機
・電話、スマホ
・デジタルテレビ関連のTV機器
・電話サービスと関連通信機器
・テレビ放送や関連する装置などの視聴覚メディアサービス
・航空機、バス、鉄道、水上旅客輸送サービス
・銀行サービス
・電子書籍
・eコマース
このKlaus Hのリストにはないが、Webサイトや取扱説明書のアクセシビリティは、前提となっている。サービスを提供するインフラとしての情報のユニバーサルデザインは、最初から当たり前のこととして認識されているのである。
市民はアクセシブルでない製品やサービスに苦情を申し立てることができる。当局はその苦情の記録を5年間保持して、改善されたかどうかを評価し、状況が変わらなければ市場からの撤退を要求する。
この法律の成立は、連動する多くのEU内のアクセシビリティ基準に影響を与えている。例えばDesign for All(EUにおけるUniversal Design概念)による製品開発基準であるEN17161 や、公共建築のユニバーサルデザイン基準であるEN17210などは、改訂されるはずである。またデジタルでない製品のアクセシビリティや、さまざまなサポートサービス(ヘルプデスク、コールセンター、お客様相談窓口など)、そして緊急時のコミュニケーションサービスなども、この法律との調和が求められることになる。

AccessibleEUに関する説明
AccessibleEUの組織とミッション 各国の担当者をまとめるリソースセンターとなる

Accessible EUは、EUの中で、さまざまなアクセシビリティやユニバーサルデザインを進めるための組織である。Klaus MがICTを統括しているように、建築、交通、政策、標準化など、多くの部会があり、各国から代表者を出して活動している。ここは、アクセシビリティのリソースセンターだ。EU全体に対し、セミナーを主催し、コンテンツを提示し、各国の法制化や基準策定を支援する。もちろん横のネットワークも重要だ。障害者団体のみならず、高齢者の政策決定グループとも連携している。建築、公共交通、情報など、あらゆるインフラをアクセシブルなものだけにし、いつか必ず歳をとってアクセシビリティを必要とする人々のために働く組織なのだ。毎年500件の新規加入が目標だという。企業も公企業も評価機関も大学も、障害者や高齢者の団体も参加できる。
日本が、こういった組織を作れるのは、いったい何十年先になるのだろうか?企業が、アクセシブルなものしか作らない、買わない、輸入もしない、というこのEAAは、おそらくアメリカのリハ法508条より、はるかに日本の産業界に対する影響は大きいはずなのだが、日本政府の中に、一人でもその意味が分かっている人がいるのだろうか?508条はまだ公共調達だけだったから、民生品だと思っていればUDでなくてもアメリカに輸出は出来た。だが、EAAは違う。2025年になったら、EU全体が、日本からの製品や情報の輸入を閉じてしまう危険性が高い。環境に良くないものを作ることと同じように、障害者や高齢者に使えないものを作ったり売ったりすることは、許されないのである。これが巨大な非関税障壁となることを、日本はまだ知らない。恐ろしいことだ。

US政府の動向

USの方もいろいろ進展があるようだが、このEUのセッションを優先したために最初の政策説明に出損ない、結果としてUSの全体像が見えにくくなってしまったのが悔やまれる。相変わらずGSAは公共調達のガイドラインを、Access Boardは各省庁に対するアクセシビリティの普及を進めている。VPATもACR( Accessibility Conformance Reports)へと進化している。今年は昨年に続き、各省庁のアクセシビリティ進展度合いについての評価も続けていた。米国政府のサイトでさえ、まだ完ぺきではないということだ。

ACRをオープンなリソースとして公開している

また毎年参加しているNASAのBetsyのセッションは、相変わらず大盛況だ。NIH(米国国立衛生研究所)の人と、508条準拠の公共調達について愚痴をこぼしあう?いや、苦労をシェアするのだが、パワポをほとんど使わず、あの弾丸トークが続く。文字起こしが間に合わないような速度でとんでもない情報量である。正直、ついていけなかった。508条の下にある全ての公的機関は、情報発信も調達も、アクセシブルでなければならない。役所の中の理解を深め、文化を変え、障害者雇用を増やし、公共調達をUDだけにしていったこの20年の苦労を話しているのだ。
日本で例えれば、総務省と国交省のUD担当者が、変革を進めてきた苦労をわかちあっているようなものだが、日本でそんな会が開かれるのは50年先かなと思う。省庁や研究所などの公的機関の中にアクセシビリティの担当部署や責任部門を持たない日本は、まだその入り口にも立っていないかもしれない。

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