見出し画像

ビートマニア(All Night とAngelの本名を書けなかった理由)②

「トモーキッ!いい詞とメロディーが出来上がったわ!」

と笑顔で抱きつきながら、

レコーディング当日のスタジオに元気よく現れたレベッカ。

「曲のタイトルは?」とすかさず聞くと、

「All Night 。パーティーチューンよ、パーティー、パーティー!」

というなり、デモ曲を流すように頼むとヴォーカルブースに向かい、

ヘッドホンを着けながらウォーミングアップなしでいきなり歌い始めた。

「ワオ!パワフル!」

彼女が歌やアドリブを重ねるたびに自分とエンジニアのマイケルは興奮し、

気がつけば、たったの1時間で全ての歌入れが終わっていた。

「イエー! サイコー!ホント、素晴らしかったよ!」

興奮で少し顔を赤らめながらブースから出てきたレベッカを

口々にねぎらう自分たち。

小切手を渡し、契約書にサインしてもらいながら

みんなで小一時間ほど雑談した後、彼女は帰って行った。

Tomoki Hirata feat Angel - All Night (Remastered Original Vocal Mix )

その楽曲こそが、若さとパワーだけで作ったAll Nightである。

その後、自分からレベッカに連絡を取ることはなかったが、

さらにひと月ほどたった頃、ルチアナから電話があった。

「実は、レベッカがアメリカに戻らなければならなくなったんだけど、

何ヶ月もロンドンにいたからお金使い果たしちゃって

帰りの飛行機代が足りないって言ってるの。

彼女の歌、バイアウト(買取)で好きに使ってもらっていいから、

リリース決定した時に受け取る分の半金、今どうにかならない?」

払える金額なので即座にOKすると、

すかさずレベッカに電話を代わられ、感謝の言葉とともに

2日後にピカデリー地区にあるイタリアンで会いたいと言われた。

当日、小切手と新しく作り直したドラフト(契約書)を持って

待ち合わせのレストランに行くと、

窓際に座っていた彼女がこちらに手招きしてきた。

イタリア系の彼女が手慣れた様子で前菜を注文する。

一瞬目が合い、気まずさを感じたので、

小切手を渡し事務的な口調で新たな契約書にサインしてもらいながら、

不思議に思っていたことを聞いてみた。

「何でロンドンにきたの?

ルチカップルの家に3ヶ月って、観光にしちゃ長いよね」

すると、

「実は故郷でオトコと別れたの。

それで落ち込んでた時にルチがしばらくこっちに来れば、

って誘ってくれたからロンドンに来たの」

と彼女は明るく笑いながら返してきた。

「なんだ。それじゃ、オレと同じ境遇だったんだ」

「そう。ルチからあなたのことは聞いてたから。

傷心モノ同士くっつけようとでも考えてたんじゃないかな」

と言うと、軽く肩をすくめた。

「それと、いい加減、故郷の家族がカンカンになってるからね。

このお金も足して来週早々にも帰国便の予約を取らなくちゃ」

「それって、もしかして、

マフィアのお父さんとかいてカンカンとか?(笑)」

とジョークで返すと、

笑顔の代わりに真顔になったレベッカは、

まっすぐこちらを見ながら真実を語り始めた。

「そうよ。ファミリーなの。父も叔父もそう。

地元では知られている組織よ。

その歴史は古くて、

イタリア南部には私たち祖先の苗字がついた町があるぐらい。

だから、、、

もしこの曲が将来リリースされたとしても本名でクレジット入れないでね。

わかるでしょ、珍しい苗字だから」

えっ!!!

その答えを聞いたこっちが一瞬固まってしまった。

そこには、マフィア映画で描かれるような家族の世界があったのだ。

気を取り直し、

「わかった。じゃあ、もしこの曲がリリースされた時は、

どんな名前にすればいい?」

と聞くと、レベッカは嬉しそうな表情を見せながら

「エンジェルにして! 私、天使が大好きなのよ。カソリックだしね」

と答えた。

その後は、故郷のイタリア料理の素晴らしさや、

日本やアメリカのカルチャーの話題で盛り上がり、

最初で最後の二人だけのディナーはお開きとなった。

「こんなに話が弾むんだったら、

もっと前にちゃんと連絡して会っとくべきだったな」

などと心の中でつぶやきながら、

小雨の降る夜のピカデリーのタクシー乗り場まで彼女と一緒に歩く。

最後の抱擁を交わし、タクシーに乗る瞬間、

彼女が唐突に言葉を投げかけてきた。

それで、あなた、私のことどう思ってたの?」

そう言うと、一瞬何か言いかけようとした自分に向かって

笑みを浮かべながら手を振り払う仕草をしたレベッカは

さっとタクシーに乗り込み、去っていった。

それ以来、彼女と会ってない...。

この後、紹介者のルチアナとも連絡を取りづらくなり、

まもなく疎遠になってしまった。

そして、時は流れ、

今ではレベッカの存在は歌声にしか残っていない。

それでも、

最後に会った日から1年半後にリリースされたこの曲を、

彼女がどこかで聴いてくれてると信じてる…。

Tomoki




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?