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『クナド国記』感想

 どうもです。

 今回は、2021年12月24日にPurple softwareより発売された『クナド国記』の感想になります。フルプライスの新作感想記事は2ヶ月ぶりと云う事でちょっと久々ですね(笑)

 OP曲「桜花千爛」はプレイ前から好みでしたし、ムービー自体もライブ2Dっぽい動きがあって中々凝ってるなと。購入のキッカケになったのは、原画担当のアサヒナヒカゲ先生のイラストが元々好きだった事と、体験版が面白かったからです。あと、以前からPurple softwareの作品も幾つか気になっていた事もあり、旧作の続編等ではないならこの新作から入ろう!と思い、購入した感じです。

 では感想に移りますが、いつも通り、”今作から受け取ったメッセージ”を書いて、その後、ヒロイン毎の感想を軽く書く形式でいきます。本筋の春姫√まで一本道の構成で、途中下車の形で他ヒロインエンドの分岐構造な為です(※こっからネタバレ全開なんで自己責任でお願いします)。



1.受け取ったメッセージ

 作品通しての印象は記事冒頭に貼ったツイート通りで、「個人と世界の繋がりを"言葉"で解きほぐそうとする信念を感じた」作品です。ただ、こっからメッセージ性まで深掘りしていこうとすると、珍しく難しいなと感じています。具体的な説得力を持たせづらく、どうしてもフワフワしちゃうなと。ただ、夏姫と云う存在が間違いなく重要人物であり、彼女の存在を通してどこか逆説的にメッセージを送ってくれているのは確かな気がしていて。そこで、彼女の言葉から少しずつ解きほぐしていこうかなと思います。

 まず、過去が語られるシーンでの春姫を生み出した時の言葉。これが逆説的なモノとして最も象徴的だった様にも思います。

『私と違い、あなたには隙間と出来ないことをたくさんあげる』
『それが命の可能性なのでしょうから』
『あなたは、あなたとして生きなさい』

夏姫ー『クナド国記』

 夏姫は、言霊の力によって感情や思考、感覚等が世界と同化し、自己を失いかけていました。少し言い換えると、人間原理や自然法則のコントロールを全て可能にしてしまったが為に、私が私である要素を無くしてしまった。そこで、彼女が望んだモノは生を実感できる"人としての死"でした。
 人は経験としての死を迎える事は出来ないものですが、死を想像する事で自己の消失に恐怖するものです。でも、彼女は逆で、死を以て自己を得ようとしました。死と向き合う事で生と向き合うと云うのはよくある考え方です。ただ、彼女の場合は、死だけが同化してしまった世界から唯一自分が逃れられる瞬間であり、自分と云う存在の最もプライベートな点であると認識せざるを得ない状況でした。どこか人間離れしていましたね。しかし、黒神との戦闘中に痛みを体感し、死を目前に死にたくないと感情を露わにします。ここで、彼女を人間じゃないと言う者はいないでしょう。
 あの世界に彼女の居場所は無かったのかもしれませんが、彼女はあの世界を憎む様な事はしませんでした。寧ろ、彼女は誰よりもあの世界で生きる人達を愛する人でした。世界と同化しても尚、最後まで愛する人の希望と幸せを願う事を貫いた生き様には胸を打たれるモノがありました

 夏姫と云う存在は結局、世界そのものであり、ちゃんと"人間"でもあった訳です。そんな究極的な生命体とも思える彼女でさえ、最後まで自己を失ってはいなかった。世界に対して、自己を繋ぎ止めていたモノのは何だったか。彼女の"名前"…そしてその名を呼んでくれる”誰か”だったと思います。"夏姫"…ただ単純な"言葉"です。でも"言葉"が持つ様々な強さをこの作品を通して、身に染みる程体感してきました。
 "言葉"で表現できない事などなく(自己表現)、"言葉"が"言葉"の通りの意味(名前)であればよい。そんな簡単な様で難しい、かけがえのない"言葉"を彼女はきっと心の底では"死"以上に望んでいたと思います。夏姫の生き様を通して、言葉は消えない事…言葉が消えないなら自己も消えない事が示されました。また、"名前"の様な、世界に対して自己を繋ぎ止める"言葉"はいつまでも誰かの心に刻まれ、消失する事は無いと信も語っていましたね。

もし、最後のひとりまで人間を滅ぼしても、言葉は、消えないんだ
人の生きた証は、すでに、君の心に刻み込まれてしまっているのだから
(中略)
言葉を殺そうとすれば、自己を滅ぼさなければならない。

信ー『クナド国記』

 私達は彼女の様に世界に対して全てを表現し尽くす事はできないけれど、誰かの名前を呼ぶ事はできます。彼女がどこまでも苦戦していた事を私達は簡単に成し得る事ができてしまうんです。名前を呼んであげる事ができるのは人間だけです。そこに自己や意思と云ったモノも自然と含まれてきます。世界がどうなっても、これだけは揺るがない強さとして残っていく。そして、『クナド国記』と名付けられた物語もまた強く強く残っていくし、意識的にも残していかなければならないと思います。誰よりも人々の幸せや希望を願った彼女の生き様…命の可能性を絶対に忘れない為に。

 改めて、命尽きる最後まで自分と云う人間を貫けるかどうか。生まれた可能性と云う名の隙間で、幸せや希望を願う事ができるかどうか。この辺りがメッセージ性の核だと私は思っています。

 以上、今回は上手くまとめる事ができなかったですが、何か少しでも感じ取って頂けたり、考えのヒントになっていたりしたら幸いです。


 ここからは余談ですが、命の可能性、そこに在る意識による選択と云うのは、人間が持つ唯一の弱点であり強みでもあると思います。この点を極力失くし、政府等によって管理・統制された社会はディストピア世界として描かれる事がよくあると思います。ですが、今作は現代から1000年以上先の未来が舞台でありながら、その辺りを退廃的、悲観的に描く事はそこまでしませんでした。精々描かれたのは没個性と生死の管理ぐらい。世界全体をディストピアっぽくするのではなく、夏姫と云う存在をディストピア世界の様に描いていました(現に観測していましたしw)。これについては優しくもあり、非人道的でもあったなと思います。
 また、世界の自然と見做していた領域は人類の歴史が長引けば長引くほど減ってきていますが、その流れを恐怖する存在が今作では鉄鬼でした。対立する人類を描く(第二期は文明はそうだった?)のではなく、人類と鉄鬼としたのは分かり易く優しかったなと思います。今後、言霊の力ほどは無理でも人間がコントロール可能な領域が増加していった結果、淘汰されていく人間や自然は増加するかもしれません。そういった意味で今作は人類の未来に警鐘を鳴らしている様にも思えました。合理的・科学的・正論的なモノがいつも正しいなんて事はあり得ない様に。



2.優里

 誰がどう見ても可愛いんじゃないかって云う位には可愛い要素が詰まってた気がします。体験版でもこの子に一番惹かれてました。一番良かったのは、やっぱり素直さかなと。出会った頃からも言わないだけ、やらないだけで、本当は心に内で素直な想いを表現できてる子ではあったと思います。ただ、それを秘めるに値する理由を付けてしまえる環境と理性もあったから、彼女の価値観はそこで止まってしまっていて。本筋ではその辺りを打開させていく流れがよく描かれた物語だったと思います。

 最終的に描かれたのは個性を認め、夢を持つ事でした。八剣以外のカントの民代表として彼女はしっかりその最初のモデルとなりましたね。後は誰かに背中を押して貰って、自信を付けるだけで良い。って云う個性を認められるだけの、培ってきた繋がりや強さみたいなモノが元から十分にあったのがとても良かったなと思います。例えば、彼女の強烈な憧れや飲み込みの早さ、私利私欲に囚われず感謝の気持ちを忘れない処も素直さの表れだったと思います。また、照れや文句があっても人の為とあらば努力を惜しまない姿勢も何度も見せてくれました。妥当春姫に向けて修行を重ね、確かな手応えを嚙みしめて喜ぶ姿なんかは特に好きでしたね。
 派生後は、個性や夢の先で幸せを追求する話。結婚から逆算したのか、家族と云う文化形成の為か、家族モノを描いて、”泣き”を誘ってきたのも良かったと思います。ストレートに感情に訴えかけてくるタイプなのもあって泣かされました(笑) それに、ここでも「優里!」と名前を呼び、親子を繋ぎ止めましたね。彼女の花嫁姿が見れて幸福感に包まれましたし、改めて笑顔が本当に似合う子だなと。総じて、好みな話でした。



3.茜&葵

 双子姉妹ってやっぱ良いなと思ってしまう位には2人とも良かったです。無邪気だけど、無慈悲な一面を持ち合わせているのは共通していました。違った点で言えば、茜は考えや感情を纏めるのが苦手だけど想像力豊かな子だったと思います。一方で、葵は負けん気が強いけど、その分思い遣りも強い子だったかなと。その辺り上手く2人で自然と波長を合わせて補い合ってるのも見ていて何か良いなぁと(笑) テーマ的に優里と被る処は少なからずありましたが、この2人では時間がより重要視された物語だったかなと。

 最終的に描かれたのは過去と未来を繋げる事でした。具体的には、過去の後悔や記録から学んで、現在から未来への願いに繋げる事が描かれていたかなと思います。記録で言えば、YOUに残されていた2285人分の意味も価値もない音声データ。後悔で言えば、あの時代に八剣がいれば救えたかもしれない…いつも通りの連携が取れてれば葵は危険な目に合わなくて済んだのに…等ですね。これらの記録や後悔をそのままにするのではなく、特別な意味を持たせていく。特別な意味を、統治者になってから未来に繋げる。ただ無暗に無責任に自分の為に力を行使するのではなく、そう言った未来に目を向けて他者の為にも力を振るう様になっていく2人の姿は感動に値するものであり、希望そのものでした。また、力を有する者として死とは無縁だった2人が死を意識して初めて、現在の絶対的な価値を実感する辺りも良かったと思います。覚悟を支えるモノになりました。

「死んでもいいけど、死なないほうがいい。誰も死なないのが一番いい」

茜ー『クナド国記』

 派生後も本筋と密接に関わっていて良かったかなと。SFっぽく過去の人間に未来の歴史を伝える辺りも好みでした。過去にいる小島一花や、夏姫の死を仕方なかったで済ましてはならないと云う想い。それらも継いで大好きなカントの為に生まれ、統治者(政治)と一之神(軍事)を分離した在り方は新時代の象徴として、残された生きた証などは救いの象徴として、とても良かったと思います。あと、エピローグの大人びた2人の姿がむっちゃ好き。



4.春姫

©Purple software

 春姫の物語としては、弱みを認め、曝け出す事が描かれました。言霊使いとして、何でも表現できているかの様に見えた彼女。しかし、それは全くの見当違いで、統治者として…英雄の妹として…中々素の自分を表現できないのが彼女の唯一の欠点でした。プライベートな点が隠れていたのは夏姫と共通していたなと思います。ただ、夏姫はこの経験を活かして春姫には隙間を与えてあげていました。この隙間に"甘え"や"私欲"が入り込み、信と結ばれて幸せを生み出す事が彼女はできたと言っても過言ではないのかなと。また、欠点はよく描かれていたのもあって、全てを蔑ろにしてでも彼を返してと感情剥き出しで叫ぶ姿は強烈ではありました。泣きはしなかったけど…。

 さて、春姫√はTRUEでもあったので、その話に移ります。冬人や夏姫からも真実が語られる本筋6以降ですかね。春姫のプライベートな点を表現するに通ずるモノはありましたし、夏姫の想い等も存分に語られて、物語自体には満足しております。夏姫と云う世界との決着、そこから信が紡いだ物語、鉄鬼との折り合いも筋は通っていたなと思います。ただ、唯一心残りで惜しいなと感じてしまったのは、ここで春姫の出番が無くなってしまい、夏姫に食われてしまったこと事。春姫の「わたしを置いて、いかないで!」で一緒に逃げてしまう√を派生として見てみたかった想いが無くはないなと。そう云ったifが叶う物語をも描けるのがノベルゲームの醍醐味でもあると思うので。自分は夏姫に感情移入しすぎて泣きまくった一方で、春姫には中々感情移入できずモヤってしまって。その点がエンディングの感動に影響する結果となってしまいました。何だか釈然としないと言いますか…。
 死と再生を象徴する桜の木の元で、魂のやり取りが行われたのも良かったんですよね。ただ、もう一度夏姫を登場させるのならば、それに相応しい余韻に浸る時間をもっと取って欲しかった…。そして、難しいのは承知の上ですが、心の整理が付いてから春姫と共に信の「ただいま」を迎えたかったなと思いました。総じて、物語としては良かったですが、作品全体から視ると惜しかった、と云う感じでしょうか。抱きしめてあげたくなる、夏姫の何とも言えない笑顔が今でも一番印象に残っております。

©Purple software



5.さいごに

 まとめになります。

 繰り返しにはなりますが、作品全体としては惜しかった、あともう一歩描いて欲しかった、これに尽きるかなと。春姫√と夏姫√(TRUE)は分けた方が作品全体として見た時に綺麗だし、何より春姫の存在感や魅力を伝える事ができたんじゃないかと思います。春姫に感情移入する余裕はなく、何となく報われた仕上がりにはなってるけど、優里や茜&葵に比べると深みがあったとは言えないなと。もっと春姫に優しくしてあげて欲しかったなと思います。仮にもメインヒロインを飾っていた訳ですし…。

 プレイ感は結構良かったです。小説的な堅い文体と、軽くて短い文体を場面毎で使い分けている印象がありました。少し気になったのは、「かわいい」をちょっと多用しすぎで、人によっては読み心地が削がれてしまったんじゃないかと。感情が漏れ出すの嫌いじゃないんですけどね(笑)
 あとは哲学っぽくなりすぎない様に、割とエンタメに振ってるのは易しくてサクサク進める事ができました。バランスが良かったです。丁寧な心理描写もあるかと思えば、ハラハラする戦闘シーンもあって。茜&葵√なんかは鳥肌立つくらい激アツでした。ノベルゲームで熱くなって涙する系は久々だった気がします。本当に良かったです。

 キャラや声優陣はみんな良かったですね。苦手だな、嫌いだな、って云う子もいなかったし。1人選ぶなら夏姫が一番好きになりました。紙芝居っぽいシーンでの一人語り、春姫との会話とても良かったです。声優陣は一人選ぶなら小波すずさんの、表情の乗せ方が凄い上手で好きでした。YOU役のくすはらゆいさんの存在感も流石だなと思いました。立ち絵ないのに(笑)

 イラストはどれも好きなタイプで大満足です。克先生はまつ毛と目尻の描き方が好きです。後は何と言っても構図が天才的だなと、一人称視点の様で狙いを澄ましたアングルが最高でした。アサヒナヒカゲ先生は元から好きだったので、ノベルゲームでも色んなイラストを見れて良かったです。自然体で柔らかい目とエロいボディラインのギャップが相変わらず好きです。

 音楽は舞台に合った和風モノが多く、どれも場面によっては効果的に働いていて良かったです。単体での尺もあったし、曲数も満足。特に好きなのは「桜花繚乱」や「散るぞ恋しき」、後はやっぱり「桜花千爛」。盛り上がる場面で挿入曲としても使用されましたし、アレンジver.には"泣き"を誘われました。サントラ同梱に感謝。

 とゆーことで、感想は以上になります。
惜しかったとは書きましたが、良い処が沢山あったからこそ高望みしてしまったと捉えて頂ければと思います。初めてPurple softwareの作品を触ってみて良かったなと思いましたし、他の作品も絶対プレイしたいなと思っています。改めて制作に関わった皆さん、本当にありがとうございました。今後とも応援しておりますし、次回作も楽しみにしております。

 ではまた!



©Purple software

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