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9【意】私の利他の精神の原点(小学校の卒業文集から)

私の原点を再確認するため、小学校の卒業文集で書いたことを読み返してみます。意外と変わっていないんだなと思い、面白いです。
#利他 #生き方 #自治体職員

原文

将来の夢

 僕には将来の夢かありません。これは、フリーターというわけではありません。今はないのです。

 小学校に入学したころは夢があったように思います。それが、年をとるのに反比例して弱くなり、今では完全に消え去りました。

 それがなぜなのかは、よく分かりません。

 将来の夢がないのは、人生の目標がないのに等しいと思います。これではいけないとは思うのですが、そう簡単には思いつきません。それに、少し考えただけで思いついたものを将来の夢にしてしまってはいけないと思うのです。

 しかし、よく考えて見れば、それは夢。そう、夢なのです。具体的には分かりませんが、
(将来、自分の利益だけを考えない。そういう人間になりたい。)
という思いがよぎってきました。

 そういう人間になれるかは分かりません。しかし、大きく成長して、この作文を読んだ時に、そういう人間になれていたらいいならと思います。

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解説

小学校に入学したころは夢があったように思います。それが、年をとるのに反比例して弱くなり、今では完全に消え去りました。

就学前は、母の兄が自動車板金業をしていた影響からか、「車の修理屋さん」になりたいと思っていました。
チョロQなどのオモチャをドライバーで分解して仕組みを調べていた記憶もあります。祖父が農業で使う道具を手作りしていたからか、物作りや機械の仕組みに興味を持っていたのでしょう。祖父はシベリア抑留を経験し、何でも自分の力で何とかしないと死ぬという状況だったと聞きました。時にはハッタリも必要だったようです。
少し話が逸れましたが、具体的な夢が無くなっていったのは、学校で学ぶことにより視野が広くなり、やりたいことが絞れなくなったのではないかと思います。


しかし、よく考えて見れば、それは夢。そう、夢なのです。具体的には分かりませんが、
(将来、自分の利益だけを考えない。そういう人間になりたい。)
という思いがよぎってきました。

職業時な夢ではなく、生き方について思い至ったようです。
当時の担任の先生の影響が大きかったのだと思います。
様々なことに意欲的な先生で、「アメニモマケズ」や「平家物語」の冒頭の暗唱などを任意の課題として卒業までにできるようにするという、独自の卒業検定がありました。
体育的なものもあり、私は一輪車だけは最後までできませんでした。

先生は、生徒のことを第一に考えてくれていました。私が三者面談で生意気なこと(自分が何かできないことを環境のせいにした)を言った時、本気で叱っていただきました。

おそらく、その先生の影響を受けて人の役に立って生きていきたいと思うようになったのだと思います。

現在

自治体職員をやっています。実際になってみると、人の役に立っていると実感できる場面は少ないですが、大きな目線で見れば役に立っているのでしょう。

公務員の仕事の多くは、その人じゃないとできないようなことはありません。我を捨てて人の役に立つことを考える。我を捨てても、考えることはやめません。

文集つながりで、次は中学校の文集を振り返ってみようと思います。題名は「恩」です。