今だからこそ振り返る Terraショックから学べること(前編)

2022年5月に暗号資産業界を揺るがしたLUNAとUSTの大暴落、通称「Terraショック」から約1年が経ちました。クリプトの歴史を振り返っても最大の「事件」と言っても過言ではなく、昨今の暗号資産市場の停滞感を深めた大きなきっかけとなりました。

時価総額トップ10入りするプロジェクトのトークンが、わずか数日で無価値になってしまった出来事は、今振り返ってもとてもショッキングです。が、今改めて振り返ることで何か学びがあるような気がして、改めてあの時のことを調べてみようと思い、書き始めています。

この記事は「前編」「中編」「後編」の3部構成でTerraショックを振り返ります。
「前編」は旧Terraの概要と当時の状況のおさらい、「中編」はTerraショックが実際どのような経緯で起きてTerraが崩壊したのかの説明、「後編」では考察を交えながらTerraショックから得られる学びについて書かせてもらいます。

Terraの概要


まずは、現体制の新Terraではなく、ステーブルコインを発行していた旧Terraが、どのようなプロジェクトだったのかを説明します。

「Terra(テラ)」は、2019年4月にメインネットをローンチしたブロックチェーンとその周辺のプロジェクトの総称です。Terraは、ダニエル・シンとドゥ・クオンという2人の韓国人によって作られ、Terraform Labsという組織によって運営されていました。

Terraは「TerraUSD(以下UST)」というステーブルコインをメインに据えたプロジェクトでした。このUSTは、オンライン上の決済通貨となることを目指したステーブルコインで米ドルにペッグ(※)されるように設計されたトークンです。

USTの特徴は、一般的なステーブルコインと違い、裏付けとなる担保資産はありません。それでどのようにドル価格に連動するようにするのかというと、Terraが発行するもう一つのトークン「LUNA」をうまく利用することで、Terraネットワークのアルゴリズムだけでうまく米ドルにペッグされるという仕組みになっていました。このように担保資産を裏付けとしないステーブルコインを「アルゴリズム型ステーブルコイン」と言って、当時その代表的なプロジェクトがTerraだったのです。

※ペッグとは価格レートを一定に保つこと。逆に価格レートを保てずに乖離してしまうことを「デペッグ」と言います。

USTの価格維持アルゴリズム


前述の通り、Terraには2種類のトークンが存在していました。

UST   ・・・担保資産を裏付けとしないアルゴリズム型ステーブルコイン
LUNA・・・ネットワークの維持に使われるネイティブトークン


LUNAについて詳しく説明します。LUNAは、Terraネットワークのステーキングや取引手数料の支払い等に使われるトークンです。ここまではEthereumのETHと同じような、いわゆる一般的なブロックチェーンのネイティブトークンと同じ役割ですが、TerraにおけるLUNAはもう一つ大事な役割を担っていました。ステーブルコインであるUSTの価格維持のためにこのLUNAが重要な役割を果たします。その方法を詳しく見てみましょう。

まず、前提として、USTは米ドルペッグのステーブルコインなので、「UST=1ドル」を維持するようにしたいわけです。

しかし、前述の通り、USTは一般的なステーブルコインと違って担保資産に価値が紐づいてるわけではありません。普通に市場で取引されると需給バランスで価格が変動してしまいます。どういうことかと言うと、もし供給に対して需要が高いと、1.1ドルでもいいから買いたいという人が出てきます。逆に供給に対して需要が低いと、1ドルでは買いたくないという人が出てくるので、例えば0.9ドルじゃないと買われなくなったりします。このように市場原理で売買すると価値が一定になりません。

Terraでは、この問題を解決するために、LUNAを使っていました。まず、前提としてTerraは、Terraのシステムで「1USTは1ドル相当のLUNAに交換できて、1ドル相当のLUNAは1USTに交換できる」ということをユーザーに約束していました。これで「UST=1ドル」を維持しようとしていたのです。

これだけだと少しわかりにくいのでより具体的なシナリオで説明します。
もし1USTが0.9ドルまで値下がりしてしまったら、ユーザーは0.9ドルの価値のUSTを1ドル相当のLUNAと交換できるので、0.1ドルの利鞘を得ることができます。すると合理的に考えるとユーザーは以下の行動を取ります。

1. 0.9ドルの価値のUSTを市場から調達(USTは需要増で値上がり)
2. 0.9ドルで取得したUSTをTerraのシステムに差し出し、1ドル相当のLUNAと交換する(この時差し出されたUSTは焼却され、LUNAは新規発行される)
3. 獲得したLUNAを市場で売却(LUNAは供給増で値下がり)


このようにユーザーがこの利鞘の獲得機会を利用し続けることで、自然とUST価格は引き上げられ、UST=1ドルになったらユーザーに旨みがなくなるため利鞘獲得アクションは止まります。

そして、次にUSTが今度は上がりすぎてしまって1.1ドルで市場で取引されているシナリオを想定してみます。これは理屈は簡単で、さっきと逆のことを行います。

1. LUNAを市場から調達(LUNAは需要増で値上がり)
2. LUNAをTerraのシステムに差し出し、1ドル相当のLUNA=1USTで交換(この時差し出されたLUNAは焼却され、USTは新規発行される)
3. 1.1ドルのUSTを市場で売却(USTは供給増で値下がり)


つまり、2つのトークンの交換機能を利用して、ユーザーにUSTの価格維持に協力してもらってるわけです。ユーザーは利鞘というインセンティブが得られるため喜んでこれに協力します。

これは一見、完璧なトークノミクスに見えますが落とし穴があります。

クリプト市場全体が上向いてる時には、値上がり期待のあるLUNAはユーザーからの売り圧はそれほど起こらないため、USTのこの価格維持のためのプロセスはそれほど問題とはなりません。しかし、クリプト市場全体が下落している時はこのプロセスが問題となります。なぜなら、USTが売られると下方向にデペッグします。それを戻そうとするアルゴリズムが働くとLUNAは価格が下がりやすくなる設計です。

こうなるとLUNAの価格が下がる前に早く売りたいという心理が働き、LUNAの価格はさらに下落しやすくなります。LUNAが一定の価値を保てないと指数関数的にUSTもLUNAも下落に拍車がかかるという潜在的なリスクを抱えていました。
これがTerraショックで起きた簡単な説明ですが、水面下ではもっと多くのことが起きました。

Anchor Protocolについて


USTは、もともと決済用ステーブルコインのビジョンを持ったUSTでしたが、2022年当時(現在もそうですが)ステーブルコインを実際に決済が利用できる場所は限られていました。

そこでTerraはひとまずユーザーがUSTを保有する需要を作り出そうと考えて、作られたのがTerraネットワーク上のDeFiプロトコル「Anchor Protocol」でした。

Anchor Protocolは、Terraが中心となり、COSMOSとPolkadotと共同開発したレンディングプロトコルです。ユーザーは保有しているUSTをAnchorのプールに預け入れることで年利20%という超高利息収入を得られるということで利用者を増やしました。それを実現する方法として、大口投資家にAnchorのガバナンストークンANCを一定割合付与する代わりに、様々なPoSブロックチェーンにステークキングさせて、その報酬をAnchorでUSTを預ける一般利用者への報酬の原資に回していました。要は、一部の超富裕層から集めたお金を運用して、その他大勢の貧困層の報酬の原資にしていたということです。

こうしてTerraは、Anchorの利用者の増加と共にUSTの流通量も増やすことに成功しました。ピーク時はAnchorにUSTの総発行量の80%が集まっていたらしいので、その影響力は物凄いものでした。
Anchorで年利20%の利息を得るためにUSTを欲しいと思うユーザーが増加すると、USTは価格維持のために新規発行されます。USTの発行総量が増えると、USTの時価総額も上がり、そのTerraのネイティブトークンであるLUNAも注目度が高まり値上がりします。すると、LUNAの値上がりを期待して売らずに保有し続ける人が増えるのでLUNAの価値はさらに上がりやすくなります。実際にLUNAは、2021年12月には時価総額トップ10入りするまでに急成長し、Terraショック直前までその勢いは衰えることがありませんでした。

一方で、Anchorが人気になりすぎたことで、Terraは別の課題にぶつかります。

・Terraネットワークの外にトークン経済圏を広げられていない
・USTの流通量は増えたけど、UST保有者はみんなAnchorに預け入れするから取引高が増えない


この問題を解決するためにTerraは次の手を打ちます。

Curveを利用した流動性の構築


2022年前半くらいから、Terraは本格的な対策をスタートさせます。

Curveという外部のDeFiプロトコルを利用した流動性の強化です。Curveは、AMM(自動マーケットメーカー)という仕組みを使っているDEX(分散型取引所)の一つです。AMMは、誰もが自動化された流動性提供ができる仕組みです。流動性提供とは、例えば、AとBの2つのトークンをプールに預け入れすることで、誰でも「Aを支払ってBと交換できる」状態を作ることを言います。

Curveの特徴として、様々なアルトコインが取り扱われてる普通のDEXとは違い、「USDT-USDC(ドルペッグのコイン)」等の互いに市場価格がほとんど変わらないような設計のトークン同士の交換に特化しています。
ここでは詳しい解説は避けますが、このような特徴に大きな利点があることから、ステーブルコインを発行しているプロトコルなどにとって、Curveは流動性構築のための重要なインフラになっていました。

そして、これはTerraにとっても例外ではなく、Curveを利用してUSTの流動性構築に力を入れようとしていました。

Terraは元々Curveで3Poolと言われる流動性プールを構築していましたが、さらなる流動性強化戦略のために、同じくアルゴリズム型ステーブルコインを発行しているFrax Financeと協力して、USTとFRAXとUSDCとUSDTの4トークンからなる新たな4Poolの構築をしようと、3PoolからのUSTの資金移動を行っていました。「中編」で詳しく説明しますが、Terraショックは、このような状況を狙って何者かに「攻撃」をされたのではないかと噂されています。

ビットコインの準備金


Terraは、開発を担当するTerraform Labs以外に、非営利団体の「Luna Foundation Guard(以外LFG)」という組織を作っていました。

LFGは、Terraのためにビットコインを中心に暗号資産の準備金を購入し保有する団体です。
万が一、LUNAが暴落してしまうと、USTの価格維持アルゴリズムが機能しなくなってしまいます。その「万が一」に備えて、LUNAを買い支えるため大量の暗号資産を準備金として保有することでUSTの信頼を高めようとしていました。

Terraショック直前の5月7日時点のLFGのリザーブ構成は以下の通りです。



とんでもない量の暗号資産の準備金ですね。
このようにLFGは、Bitcoinを中心に多くの暗号資産を準備金として保有しており、Terraの信用を高めていました。「万が一」は起こらないし、もし起こっても大丈夫だろうと誰もが信じていました。

あの日が来るまでは。

(中編に続きます)

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