映画の中のティルト・シフトレンズ2(シフト編〜小津/キューブリック/ベーコン)
今回はティルト・シフトレンズのシフト撮影についてお話しします。レンズの光軸を平行移動させることで、パースペクティブをコントロールする。それがシフト(ライズ/フォール)です。
光学的な説明は、上のサイトを参照していただくとして、ここではパースペクティブをコントロールすること、端的に言って、垂直の線が垂直に描写されることの意味を考察していきたいと思います。
小津安二郎「だから、いつも水平の上にいればいいんだ」
小津安二郎といえばローアングル(ローポジション)が有名ですが、キャメラマンの厚田雄春が次のように証言しています。
「反れる」という言い方がされていますが、即ち、垂直線にパースがついてしまうということです(インタビューの中で厚田氏はしばしば「レンズの収差」という言い方をされていますが、本来の光学的なズレという意味だけでなく、パースペクティブの意味でも使用されているようです)。ローアングルであれば、垂直線が上窄まりに、ハイアングルであれば、垂直線が下窄まりに「反れる」ということです。
「高い位置からの超ロング」で「なるべく水平に近い」にキャメラを据えることで、小津のビルは極端に下窄まりの台形(キーストーン)になることはありません。
同じく「なるべく水平に近い」ローポジションで「軽く上の方にそる」ローアングルは、50ミリのレンズを使い被写体から距離をとることで可能になり、垂直の線は微妙なパースがつく程度に抑えられます。
つまり小津は、被写体から離れることで、垂直の線に極端なパースがつくことを回避しているのです。
結果「和室のいろいろな装飾品が画面のフレームと平行になるように」見えるわけですが、ただし、それら垂線は完全には平行ではなく、キャメラの光軸は完全には水平ではありません。
小津が望んだであろう完全は、シフトレンズで可能になります。
ローポジションでキャメラを水平に設置すれば、画の半分近くが畳になるでしょう。そこで「軽く上の方にそる」のではなく、レンズを上方向に平行移動=シフト(ライズ)します。そうすれば、垂直線は全て垂直に描写されます。
「だから、いつも水平の上にいればいいんだ」とは、まさにライズ(レンズの上方平行移動)のことを指すと言ってもいいでしょう。シフトレンズが当時使用可能であったなら、おそらく小津は50ミリのシフトレンズ一本で撮影しただろうと想像できます。
スタンリー・キューブリック──一点透視図法
キューブリック作品の一点透視図法的なショットを集めた動画ですが、このような構図が多くなるのは、キューブリックもまた、小津に同じく、垂直の線を垂直に描写するこだわりがあったからではないでしょうか。
シフトレンズを用いずに、垂直線を垂直に描写するには、キャメラを水平にする他ありません。キューブリックが多用するワイドレンズなら尚更です。そして光軸が水平であれば、結果として一点透視図法的なショットが多くなっても不思議ではありません。
小津であっても廊下のショットは、一点透視図法的です。もちろん小津の場合は、ワイドレンズで奥行きのパースが強調されたキューブリックのそれとは異なり、50mmレンズのややローアングルで、消失点を嫌うかのように決まって丁字の廊下にキャメラが向けられ、丁字の横画にあたる部分をエキストラに横切らせてはいるものの、構図としては似通います。
『シャイニング』のメイキングと実際の映像ですが、シェリー・デュヴァルの立ち上がりにつけ、フィッシャードリーでブームアップしているのがわかります。ギアヘッドの上のキャメラが水平を保っていることに注目してください。彼女の背景の垂線は、この動きを通して変わらず垂直のままです。彼女とキャメラの距離は5ft.もないでしょうから、おそらくレンズは25mm辺りでしょうか。いずれにせよワイドレンズですから、この動きをキャメラの高さを変えずにパンアップでフォローするなら、見え方は全く異なるでしょう。
では、なぜ小津もキューブリックも垂直な線を垂直に描写することに執着したのでしょうか。
それは蓮實重彦が「和室のいろいろな装飾品が画面のフレームと平行になっている」と、いみじくも指摘したように、画面(スクリーン)のフレームを、画面内で反復する意図があったからだと思われます。即ち《フレーム内フレーム》というわけです。《フレーム内フレーム》がなぜ必要なのか。それは拙著にて詳しく解説していますので、是非、そちらを参照ください。
フランシス・ベーコン
フランシス・ベーコンは、この『ルシアン・フロイドの3つの習作』に限らず、しばしば「平行六面体の中に〈図像〉を収める」ことがあります。
カンヴァス、スクリーンの違いこそあれ、支持体の中に支持体を反復すること、即ち《フレーム内フレーム》が目指されています。そのときベーコンもそうですが、垂直のラインを常に垂直に保つこと、あたかもそれが奥義かのごとく、さりげなく、しかし、明らかに方法的になされていることがわかります。
シフト(ライズ/フォール)の実例
ではここで私がティルト・シフトレンズを使用して撮影したものの中から、いくつかシフト(ライズ/フォール)の実例をあげたいと思います。
ティルト編でも紹介した『思春期ごっこ』(倉本雷太)からのショットですが、これはティルト(スイング)とシフト(ライズ)の合わせ技になっています。ローポジションですが、窓枠や棚などの垂直線が全て垂直のままなのがわかるかと思います。もしシフト(ライズ)せずに、ローアングルで撮影したなら、それら垂直線は上窄まりに描写されたでしょう。
『夢二~愛のとばしり』(宮野ケイジ)から。主人公の心の空白を、一人だけの空間と、規則正しく揺れる振り子で強調したかったので、シフト(フォール)しています。これがただハイアングルで撮影され、建具などが下窄まりで描写されていたなら、空っぽの空間の印象は弱まってしまうのではないかと思います。枠そのもの(部屋)ではなく、枠の中(空間)を見せるには、枠はスクリーンを模倣しなければなりません。
これは少しやりすぎかもしれませんが、わかりやすい例として『ニート・ニート・ニート』(宮野ケイジ)から。結構なシフト(フォール)をかけています。
柳島克己キャメラマンが撮影したアッバス・キアロスタミの『ライク・サムワン・イン・ラブ 』では、主人公が見下ろすそのPOVショット(下画像右)のカーテンの隙間が垂直に描写されています。そのまま撮影すれば、カーテンの隙間は下窄まりになるはずですが、そうはなっていません。おそらく、これはシフトレンズによるものではなく、カーテンを垂直に整えているだけだと思います。
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