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ガクヅケ船引亮佑インタビュー 【特別編1】 「配信開始記念!第3回単独『ロングバケーション』を振り返ろう」

 ガクヅケの第3回単独公演「ロングバケーション」の映像配信が販売中だ。
 当初は東京でのみ開催される予定であった当公演。しかし出来と評判の良さから急遽大阪での追加公演が決まり、そちらでもまた成功をおさめた(彼らの単独公演が東京以外で開催されたのは今回が初めて)。名も実も伴う功績を残した公演「ロングバケーション」は、ガクヅケを語る上では外せない輝かしい軌跡として、今後も参照され続けるに違いない。
 ところでガクヅケは、数多の観客や芸人たちから「こんなお笑いをどうしたら思いつけるのか」と、畏怖や羨望の眼差しを常日頃から向けられがちな存在である。今回の単独公演でもその印象は変わらず……いやむしろ、以前の印象すらも悠々と超えてきたように見受けられた。しかし当人には、滲み出るその独自性によってもたらされがちな、とある現象への苦悩がつきまとっているようで……。
 手応えも葛藤も一緒くたに抱えたまま静かに思考する青年、ガクヅケ船引亮佑インタビュー。

(インタビュー・執筆: れみどり)


配信販売情報



「座・高円寺2でやれること」ってなんやろなって

ーー 3/16の東京公演は現地でも拝見しまして。お世辞とかではなく本当にいい単独だったなって。今回インタビューを録るにあたり、準備として配信映像で改めて観たんですが……権利などの都合により配信されていないネタもあるので、あの映像がそのままの体験に相当するってわけではないですが。「こういうお笑いの公演って、この日以来は観てないな」と、特異な公演であったことを再認識しました。

ガクヅケ船引亮佑(以下、船引) ありがとうございます。

ーー おそらくそれは私だけが思っていたことでもなくて。公演後にTwitterで「ガクヅケ」と検索して他のお客さんたちの感想も拝読していたんですが……あのくらいの規模でライブをするとなると、これまでたくさんのお笑いを観てきた方も、最近観始めるようになった方も、まんべんなく集まっていたんじゃないかと推測されるんですが。お笑いの観客としての経験量を問うことなく、広範囲から驚き混じりの喜びみたいな反応を引き出していたような記憶があります。未知のものと遭遇して、純粋に知的好奇心が刺激されている喜び。
 といった反響も勝手に裏付けのひとつとし(笑)、この公演は何かしらのモデルケースを置いて作られた公演では、おそらくないのではないか、と勝手に推測していたところでした。言い方を変えるなら、独自すぎるがゆえに生まれの過程が読めないというか。
 どういった過程を踏んで「ロングバケーション」が出来上がったのか、詳しくお聞きしたいと思っています。

船引 時系列で言えば……たぶん「どこで単独やりたい?」とマネージャーから聞かれたのが最初ですね。それから会場を選んで。とはいえこれも「座・高円寺2とかどう?」ってマネージャーから言われたんかな?で空き状況を調べてもらって、それで3/16に。

ーー いくつかのネタに関しては、会場が座・高円寺2であることを念頭に作っていたところもあると、たしかRadiotalk生配信(*注1)かどこかでおっしゃられておりましたよね。

注1: 音声配信サービス。船引は毎日生配信(以下、生配信)やラジオ収録(以下、収録回)の配信を行なっている。

船引 そうですね。座・高円寺2でやると決まってから、ネタを作り始めました。「座・高円寺2でやれること」ってなんやろなと考えて。

ーー 「やれること」というのは?

船引 座・高円寺2の広さとか、お客さんからどう見えるかを考慮したうえでやれることですね。広いところでやってみたら面白いだろうなっていうネタとか、逆にコレは見えづらいだろうからやらないなとか。

ーー 見え方は1本目の「改札」から印象的でした。段ボールとガムテープで作られた改札がひとつポツンと置かれ、お二人がちょっと離れたところにいて、という構図が明転した途端に飛び込んでくる。初手から強く引きつけられました。あのネタのシンプルさに意図などはありますか?

船引 前回単独(*注2)のオープニングコント。一発フって、バン!と音楽がかかり、カッコ良いめなオープニング映像が流れる。あの流れが面白かったので今回もやりたかったんですよね。恒例にするかはわからへんけど(笑)。

注2: ガクヅケ第2回単独「瞬のビュン」。2022年7月31日にキンケロ・シアターにて開催された。

ーー 今回のオープニング映像もそれに使用している楽曲も、やたらめったらカッコ良い(笑)。楽曲はMASS OF FERMENTING DREGSの"She is inside, He is outside"。船引さんがこちらの曲を使用したいとオーダーされたのでしょうか。

船引 そうですね。今回もNUMBER GIRLの"I don't know"を使用した前回もそう。まず曲を持っていって、それに沿った映像をガクヅケのYouTubeでもお世話になっているスタッフの金子直樹さんに考えていただいて。ちなみにこちらからの直しはナシでした。

ーー かなり綿密に打ち合わせて作ったか、その逆かのどちらかだろうなとは思ってました(笑)。ここまでまとまりが良いものは。
 制作面では今回、相方の木田さんが幕間映像の案出しと構成に集中され、オープニング及び幕間の映像制作自体は金子さんに一任されていたとも生配信でお話しされてましたね。各々が考えて作ったものが、かわるがわるに並んでいく構造でした。木田さんたちから上がってきた作品とのバランスを意識しつつ、ネタの順番や内容も調整したのでしょうか?

船引 順番についてはオープニングも幕間もネタも全部揃ってから並べ替えましたね。全体でバランス取れるようにみたいな……できていたかどうかはわかんないですけど(笑)。

ーー どうなんでしょう?私としては悪い意味での違和は感じませんでしたが。流れということでいえば、東京公演の後半はちょっとドキッとさせられるネタが多かったような。

船引 ちょっと「死のニオイ」がするようにはしてましたね(笑)。

ーー ネタを全て観終えた後の感触が凄かったです。「こういう形で着地するとは……」みたいな心境でいました。

普通にショックを受けちゃうんで、笑いがないっていう事態には 

ーー 特に7本目、Mr.Childrenの”everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-”を流しながらのネタ(※未配信)なんですが、これを観られたのが私にとってすごく良くて。単独の中でもあの1本だけは「笑える部分を残した」みたいな印象が……「笑わせよう」だけではなかったように見えていまして。お笑いってこういう観賞もできるんだ!みたいな、見方の可能性を広げたような気がしていたんですよ。このネタが単独のクライマックスともいえるトリ前に置かれていたこともまた「ロングバケーション」のカッコよさのひとつで。

船引 ふふ……あれは普通に、3発あったんですけど、笑うポイントが。それを2発外したっていうだけです(笑)。

ーー えっ。「外した」って認識だったんですか!?

船引 「16時回も19時回も、どっちもなんか外しちゃったな……」でしたね(笑)。3発、もううなぎ上りに笑い声が起こる想定であったんですけど。なので裏では落ち込んでましたね。正直「うわ、スベったー」って……。

ーー たぶんですけど、スベっていたのとは違うような……?笑いの起こりにくかったポイントは、まあ私自身がそうだったからそう思うのかもしれませんが、皆さん見入っていたんじゃないですかね?

船引 たまには「あのネタが良かった」と言ってくださる方もいるので、それで救われている感じはしてますけどね。
 でもやっぱ笑い声がなかったというのが……ね(笑)。

ーー 観客からの「受容されている」感がやっぱ欲しい。笑い声があればそれは分かりやすいですからね。とはいえかなり意外ではありました……。
 ガクヅケってこういった場面に立つことが、他のコントの人たちよりも多いんじゃないかって気はしてますね。たまにおっしゃられている大阪の……。

船引 去年ニッポンの社長さんに呼んでいただいたイベント(*注3)ですよね。「AI将棋」のネタをやった。
 あれも「びっくりした」「もっと見たかった」みたいな感想が多く……「面白かった」っていう感想は無かったような(笑)。

注3: 正式名称は「ニッポンの社長のスーパーライブ(確定)」。2022年10月28日によしもと漫才劇場にて開催されたライブ。

ーー (笑)。でも笑うのと驚嘆するのって、なかなか両立が難しい。どちらの反応もあんまり意識して出せるものではないからこそ。だから「つまらなくて笑えない」じゃなくて「驚きに声を失ってしまって笑い忘れた」みたいな状態で帰って、記憶には驚きがガッツリ残って……といったお客さんも、たぶんそれなりにいたんじゃないでしょうか。

船引 うーん……あとなんか、あんまり考えずにやっちゃう時があるんですよね。

ーー 考えずにやってしまうというのは?

船引 お客さんが笑うかどうかを、けっこう楽観的に考えてネタを作ってしまう。お客さんの反応の、最高の状態を思い浮かべてしまうクセがある。「ここで笑ってくれるやろな」って可能性がイメージできるならOKにするみたいな。
 でもほんまはもっとネガティブになったほうが良いんですよ。ガクヅケのことを知らん人の前ではもっと分かりやすいネタを……ツッコミで笑いやすいネタとかをしたほうが良いんやけど。わかっているのに、やりたいことをやってしまう。

ーー でもその楽観視が勝ってしまうからこそ……他の人ならわかりやすくするために取ってしまうような部分が残っているからこそ、ガクヅケのネタは「ガクヅケのネタ」という印象で残りやすいのかもしれませんよ。
「わかりにくいかもしれない」と懸念される部分って、実は作り手の根源的なところに繋がっているのかもしれなくて。その人が何かを「面白い」と感受するときに響きが伝わる芯なのかもしれない。

船引 とはいえ「単独ライブでこんな感じになるんやー……」っていうのはありましたね。

ーー むしろ単独だからじゃないですかね?みんな真剣に観ているから。……結局あのネタが凄く好きだというのもあるので、私は。都合のいい話ばっかしてしまっているような気もするんですけど(笑)。

船引 ふふふ。

ーー でも拒否的な受容による沈黙ではなかったんだと良いな、とはちょっと正直思ってしまう。とはいえ……演じているその瞬間はわかりにくいですものね、静かになられてしまうと。ネタが面白いと思われているのかどうかを察知しにくい……。

船引 もっとどうにかできたのやろなっていう反省はありますね。同じことをやっていても笑いが起こる見せ方ができたんじゃないかって。

ーー なるほど。

船引 普通にショックを受けちゃうんで、笑いがないっていう事態には。舞台からは、各々のお客さんがどう思ってるかまでは分からないんで、笑いが起きてほしい。スベった空気と全く同じやから(笑)、笑いがないときは。
 だから(ネタの見せ方を)直さなきゃいけない。笑い声がない状態はやっぱ良くないんで。……もともと笑い声が無い想定で作って笑い声が起きないならそれは成功ですけど、笑い声がある想定で作って笑い声はないっていうのは、やっぱ失敗やから。結果オーライとは思えなくて、ただ落ち込むだけです。

ーー 船引さん、割と日頃からこういった想定とのズレで悩まれていますよね。

船引 ですね(笑)。

ーー 想定とは違った反応が返ってきて、落ち込むことがままある。それでも作ることをやめず、続けているわけじゃないですか?長いこと。創るためのエネルギーが湧いてくる状態にまで持ち直すにはどうしているのでしょうか。

船引 よくやるのは、落ち込むきっかけとなったネタをその時点で「完成」としますね。ネタを笑いやすく変える作業は落ち込んでできない……変えている間も嫌な思い出として残り続けるから。それやったら違うネタを作るみたいなほうに行きますね。

ーー 辛い状態でネタを叩いていくエネルギーがあるんだったら、新しいものを作る。心機一転じゃないけれど。

船引 同じネタを直してやっていくのって、自分たちの中で新鮮さがなくなるんですよね。

「うまいこといってるなー」って思ってたんですよね。その感慨深さ 

ーー ネタの着想元についてもお伺いしたいです。

船引 さっき話していた7本目の”everybody goes〜”のネタは、この曲がシャッフル再生で流れてきたんだったかな?サビのラストの歌詞を活かそうと思いました。

ーー 当該箇所に到達するまでの時間で、サラリーマン風の装いをした船引さんがひとり、フレーズの表現に必要なオブジェクトを大急ぎで組み立ててゆく。この見せ方にしたのはなぜですか?

船引 ……意味、わからないから(笑)。

ーー (笑)。突然舞台に現れたサラリーマンが小道具を作り始めたら?

船引 なんかね。「どういうこと?」すぎることをやろうかって。
 ……いや一応、意味はあるんですけど……意味?小さい頃に見たMステかなんかで、桜井さんがサラリーマンの格好して歌ってた記憶があって。じゃあこのネタもサラリーマンがやるんかな?とか、自分なりには関連性はあるんですけど。別に見てる人はわかんなくてもいいから自己満足です。
 まあでも”everybody goes〜”は歌詞にもサラリーマン出てくるか。

ーー そうですね、サラリーマンとかその辺にいる皆が……しんどくなってるのをちょっと見ないふりしながら、あの時代を強く頑張ってしまっていた様子をね。
 くるりの”ワールズエンド・スーパーノヴァ”を使った5本目の「リモコン」(※未配信)も……あのネタもほんとよく思いついてよく披露したなという印象で。木田さんが演ずるひとつのファンタジーを際立たせるためにわざわざ本物の布団まで搬入して。そのうえ大阪公演でも披露するし。

船引 さすがに大阪は敷布団まで持っていかなかったですね。掛布団だけでやりました。
 でも大阪にこのネタを持っていってめっちゃ良かったですね。意外とお客さんたちから言及されていて。大阪は……わかりやすく言うとビビって(笑)最後の3ネタを既存ネタに差し替えたんですけど。

ーー 良いチョイスでしたけどね。

船引 もうほんまに、みんなに笑ってほしいと思って選んだ3ネタですね。関西の人がガクヅケを生で観る機会ってなかなかないから。
 で、差し替えた3ネタと同じくらい、新ネタの「リモコン」の評判が良かったのは嬉しかったです。

ーー そういった手応えとも、もしかしたら関連するかもなんですが。
 大阪公演が終わってから数日間、姫路のご実家でお休みされていたじゃないですか?その時に「感慨深さ」を感じていたといったような発言が、最近の生配信でありましたが。もう少し詳しく教えていただけますか?

船引 それはもうちょっと単純なことで、とにかく楽しかった。大阪単独が終わってそのまま姫路に帰って、駅から家まで歩いてるとき……楽しかったというのがあったんです、ふふふ。
 大阪での単独公演っていう、親にも言えそうな仕事をやって。エゴサーチして「評判いいなー」とか思いながら。「うまいこといってるなー」って思ってたんですよね。その感慨深さ。芸人に限らず、みんな普通にあるやつですね。大きな仕事を良い感じで終えたときに湧いてくるやつ。
 ……そういうやつを感じたいから、良い結果を残せたかなと知りたいから、ことあるごとにエゴサーチをするんですよ、芸人は特に(笑)。


ガクヅケ
船引亮佑と木田からなる、マセキ芸能社所属のお笑いコンビ。2014年結成。都内の劇場を中心に現れては、「面白さ」への純粋な探究心を感じさせるネタで観客を魅了している。コンビとして発表するネタはコントに限定しているが、大喜利プレイヤーとしての活躍など、両者ともにライブの場において幅広く活躍できるポテンシャルを持つ。
2023年8月から2024年春頃にかけて、木田の体調を鑑みコンビ活動を原則休止とする予定。
HP: https://www.maseki.co.jp/talent/gakuduke 

船引亮佑
兵庫県姫路市出身。生来の几帳面さ・生真面目さから、ガクヅケでは「面倒なこと」を担当しがち。
Twitter: https://twitter.com/shi__sho



お知らせ

 当コンテンツ「連続型確率変数」にて、ガクヅケ船引さんへの継続的なインタビュー連載が始まります!初回分の公開は8月上旬を予定しております。始まりました!

 連載についての情報はれみどりのTwitter(https://twitter.com/osouonna)にて随時発信いたします。

いただきましたサポートは芸人さんへの還元・取材費用に充てさせていただきます。 ※どなたの記事を読まれてのサポートかも明記していただけると確実にお渡しできるので、差し支えなければお願いします。