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エッセイ

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#あの失敗があったから

シチューを作ると「ガラスの天井」が崩れる音が聞こえた

「これは食べ物じゃないから捨てるね」 大学2年生の秋。この言葉を聞いて以来、私は料理を辞めた。当時付き合っていた彼女に言われた言葉だ。 大学の近くに一人暮らしをしていた私には、半同棲をしていた彼女がいた。正確にいうと、門限が厳しく、夕方になると実家に帰るような人であった。 そんな人が、今日は両親が旅行で出かけているから...という漫画でしか聞いたことがないセリフを言って泊まりに来た。 普段なら絶対起きていない時間帯まで、映画を観たり、夜通し話をした。電気を消して天井を

人生という線を紡いでいく

「あなたと別れたい理由は3点あります」 1ヶ月だけ付き合った彼女の言葉は、プレゼンテーションの冒頭のようで妙に印象に残っている。 その日は仕事のイベント開催前日の夜であった。明日から始まるイベントの成功を祈りつつ、ワクワクと緊張に押し潰されそうな夜であった。憂鬱な気持ちで寝ようとすると、彼女から電話がかかってきた。 「実は話したいことがあるんだ」 たわいもない話をしていると、急に言葉のトーンが変わる。この時点で、何かを察した自分の脳のシナプスが繋がる感覚がした。そして、話

なんでも治す祖母の魔法の知恵袋

「あったかくして、揉めば治るよ」 それが祖母の口癖であった。 共働きの両親を持つ私は、幼稚園から高校まで祖母の家に預けられた。夜遅くになって帰ってくる両親。顔を合わせる時間は週末を除けば殆どなく、どうしても両親と関係性を深めることができなかった。毎晩家に連れて帰りたい両親と、祖母の家から離れたくない自分。帰りたくないと玄関で言うたびに、両親は哀しい顔をしていた。 そんなことは露知らず、祖母は孫の私を甘やかしてくれた。食べ物を用意してくれたり、買って欲しいものを買ってくれ

堕ちて出逢えた「無色」の自分

中学校の終わりくらいの歳になってからだっただろうか。誰かの目に映ることを極端に恐れるようになった。一方で、「何者か」にはなりたかった。自己表現したいけれどうまくできない、そんな曖昧な思春期を送っていた。 そんな中、自分を表現する唯一の手段があった。それはバドミントンだった。 暑さ40度を超える体育館の中、乾いた床にシューズが甲高く擦れる音。わずか8センチにも満たないシャトルを打つ音。ぶっ倒れる寸前まで走り込み、コートの傍で汗を拭いながらキンキンに冷やしたポカリスエットを飲