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séi - watcher 077 ドキドキ!ランチデート 1

   ドキドキ!ランチデート 1

「…ふぅ。」
 チャイムが鳴って、試験期間最終日のHR《ホームルーム》が終わった。
 試験はやれるだけやったけれど…あとは期末で巻き返すか。

 筆記用具を片付けながら、ロッカーのジャージを持って帰ろうか悩む。
(背中を怪我してたから水泳の時に羽織ったぐらいだったけど…置きっぱなしにするのもあまり良くないか。)
 鞄の中の弁当が傾かないようにジャージを押し込んだ。

 ひなの席の方を見遣ると、クラスの女子達とテストがどうだったか話しているようだった。
 一瞬だけひなと目が合った。
 まだ話が続きそうに見えたから、俺は先に教室を出て昇降口で待つ事にした。

 昨日は湯船に浸かっている間や寝る前にひなの事を考えたけれど、結局纏まらなかった。
 今話せる事だけでも話してみるしかない。

 どう話したものか改めて考えてみたものの、思ったより早くひなが降りてきたから、あまり考える間もなかった。

「ごめんね〜っ、待たせちゃって。」
「そんなに待ってないよ。腹減ったし、早く行こうぜ。」
「うんっ。」
 壁に寄りかかっていた体を起こし、ひなが肩に掛けている鞄を指差す。
「ちょっと歩くから鞄持つよ。」
「えっ、大丈夫だよ〜。」
「…最近二人分の弁当持って来てて筋肉ついて余裕かもしれないけどさ。貸して。」
「む〜っ、なんか引っ掛かる物言いだなぁ。じゃあお言葉に甘えちゃうね。」
 ひなは少し唇を尖らせながらも鞄を渡してきた。
 試験期間中だったというのに鞄が重い。余計に重たい思いをひなにさせてしまった事を今更悔やむ。

「なんか鞄持ってないと軽いけど変な感じするね。」
「同じ肩で鞄持ち続けてると体歪むからかもな〜。」
「え〜っ、じゃあ結構歪んじゃってるのかな⁉肩凝るのもその所為なのかな…」
 胸が大きいと肩凝るって聞くが…確かめた事もないしわからない。
 直哉が『ひなは隠れ巨乳』なんて言っていた所為で、卑しい考えが過ぎってしまった。
 ひなの場合、俺の分も弁当を作って持って来ていたからだと思う。
 肩が凝っているなら揉んであげたいところだが…どんな不可抗力があるかわかったもんじゃない。提案するのはやめておく事にした。

「俺ももっと料理出来るようになりたいなぁ…。そしたらひなの鞄が軽い日が増えるのに。」
「そんなの気にしなくていいのに。」
「気にしないのは無理だよ。それにさ…、料理ぐらいは任せてって母さんに言われたけど、でも出来た方が俺も腹ペコに耐えなくて済むし…」
 直哉に指摘されるまで気付けていなかった事だが、今となっては気にせずにはいられない。
「ふふっ、悠君は優しいね〜。」
 にまにまとひなは笑いながら俺を覗き込んできた。
 くそぅ、なんか色々と恥ずかしい。

 どう話そう、と俺は悩みながら他愛のない会話をして、森林公園の手前まで来た。
 森林公園の入り口には、公園の大まかな地図とどんな植生なのか書かれてある案内板があった。
 ひなは立ったまま膝に両手をついて、案内板をじっくり見ている。
「…ここって結構広いんだね。悠君は来た事あるの?」
「何回か散歩がてら、ぶらぶらしたぐらいかな。」
「そうなんだ。…この辺りにベンチとかあるかな?」
 ひなが指差した案内板の地図を見て、記憶を辿る。
「…うん、あったと思う。」
 確か、東屋になっていたから、テーブルもあった気がする。
「じゃあそこでお弁当食べよっ。悠君が作ったおかず楽しみだなぁ〜。」
 楽しそうに歩き出したひなに俺も続いた。

「わ〜っ、アジサイいっぱいだね。」
 東屋までの道のりの両端は、様々な種類のアジサイで彩られていた。
 ひなは時折立ち止まって、あまり見かけないアジサイの萼《がく》をまじまじと見ていた。
「これ、雪の結晶みたいできれい…」
 慈しんでいるような瞳のひなを見ていると、少し顔を上げたひなと目が合ってしまった。
「…ごめんね、見入っちゃって。」
「いいって。もうすぐ着くし。」
 いつもと違う雰囲気のひなに見惚れていたのは、内緒だ。

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 程なくして、俺達は東屋に着いた。
 道沿いにある小ぢんまりとした東屋は、柱に屋根が乗っかったようなシンプルな造りで、中央のテーブルを挟む様にベンチがあった。
 その東屋の奥には色鮮やかなバラが咲き誇り、甘い芳香を漂わせていた。
 鞄をベンチに下ろして、バラに見惚れているひなに声を掛ける。
「ほい、お疲れさん。用意しようぜ。」
「うんっ。お腹空いたね〜っ。」

 ベンチの真ん中に置いた鞄から額を突き合わせるように弁当の包みをテーブルへと出していく。
 俺は一旦包みは広げずに、用意した紙コップに水筒の麦茶を注いでひなに渡した。
「あっ、ありがと〜」
「温かいのか冷たいのにするか悩んだんだけど…熱いかも。」
「今日ちょっと肌寒いもんね〜、…丁度いいよっ。」
 一口飲んでそう言うと、ひなは紙コップを置いて弁当箱の蓋を開けて端に置いた。
 赤や緑の彩りの良いおかずが見えた。
「美味そう…、カレー?」
 カレーの匂いがしたが、カレーっぽそうなのがどれなのか判らない。
「パプリカと茄子と玉葱を、ケチャップにカレー粉足して炒めたの。簡単で美味しいよ〜。」

 後は…、金平牛蒡と、蓮根と挽肉を炒めたのと、ご飯は赤紫蘇が混ぜ込んである。

「悠君は何作ってきたの?」
 まじまじとひなの弁当を見ていた俺はようやく自分の弁当箱を開けた。

 俺のご飯は真っ白だ。

「直哉に教えてもらったやつだけど…」
 とは言っても、同じものを作った訳ではなく、おろし生姜を加えてアレンジはしてみた。…ちょっと辛いかもしれないが…。

「へぇ〜っ、美味しそうだね!この緑の何?スナップえんどう…じゃないよね?」
 ひなは鞄を閉めるとベンチの端によけて座った。
「これ、モロッコいんげんだって。直哉から教わって初めて知った。」
 俺もひなの隣に座りながら鞄をベンチの端に置いた。
「私も知らなかったよ〜、何処で売ってるんだろ?」
「普通にスーパーで売ってたぞ。」
「本当?今度探してみようかな〜。取り箸使う?私の味濃いのばっかりだし…」
 ひなは割り箸が入った袋を差し出しながら言った。
「別に使わなくてもいいかな、食べる分先にご飯の上に載っけちゃうよ。」
「お弁当が丼になっちゃうねっ。じゃあ食べよっか。」
 笑いながらひなは手を合わせた。
 俺も続いて手を合わせる。
「「いただきます。」」

 俺がひなの弁当のおかずをご飯の上に取り避けている間に、ひなも俺が作った炒め物を食べられそうな分だけ取って一口頬張っていた。
「ん〜っ、生姜が利いてて温まるね!モロッコいんげんも初めて食べたけど美味しいね、私もこれ真似しよ〜」
「辛くないか?」
 無理して食べていないか気掛かりで、つい訊いてしまう。
「ん〜、確かに生姜の辛味はあるけど、私は好きだよっ。」
 満面の笑みでそう言われると、安心もしたがドキドキした。
「そっか…なら良かった。」
 ドキドキしているのを気取られたくなくて、ついぶっきらぼうな言い方になってしまった。

 やっとひなが作ったおかずを取り避け終わって、どれから食べようか少し悩んで、蓮根の炒め物から箸を付けた。
「…これ、味付けソース?」
 なんか、ソースだけじゃない感じがするのだが…わからない。
「これはクミン足して炒めたの。カレーのスパイスで良く使われるみたいだよ。」
「そーなんだ…美味いなぁ。」
「これね、前に芽瑠ちゃんと和風パスタ屋さん行った時に似たようなのがあったんだ。簡単で一味違うから時々作るんだけど、いつもお弁当の分残らなくて…今回は先にお弁当の分よけておいたの。」
 どうやら川瀬家の人気メニューらしい。
「これは後引くな…筍でも美味いかな…」
「筍かぁ、合うかもねっ!」

 そんな会話をしながら、直哉と料理教室の話をしていた事を思い出した。
「この間直哉と晩飯作ってる時にさ、土曜とか時間に余裕ある時に集まって料理教室やろうかって話してたんだよな。」
「へぇーっ、楽しそうだね!」
「家庭科室は女子ばっかりで行きづらいし…多分俺が居たら怖がられるし…」
「それは気にし過ぎだよ〜っ。何人か男子も居るよ?」
「でも少数だろ?それに家で出来るならその方が気楽だし…」
「そうだねぇ…。いいなぁ、私もやりたいなぁ。」
「直哉とひなが先生だと心強い。」
「…私も一緒でいいの?」
 ひなは少し遠慮がちに俺を見た。
 …多分、直哉との時間を邪魔してしまうんじゃないかと気を遣っての事だろう。

「大歓迎だよ。でも家に来てもらうのが申し訳無いな、直哉ん家遠いし…」
「私は近い方だから気にしないで。田島君はまたお泊りすれば良いんじゃない?」
「そっか…。」
 杉沢の事がなければ、直哉は乗り気なんだろうな。
 話していくうちに料理教室が現実味を帯びてきて、ワクワクしている俺が居る。

「悠君がこうやって誰かと一緒に何かしようとするの、初めてかもね。私、すっごく楽しみだよっ。」
 いかにも言う通りの表情でひなは笑い掛けた。
 ドギマギしながら「俺も、楽しみ…」とおかずの味が染みたご飯を掻き込んだ。

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