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#95 NO!

【往復書簡 #95 のやりとり】
①(8/15):及川恵子〈できればムカつかずに生きたい〉
②(8/17):泖〈ノーの練習〉
③(8/19):くろさわかな〈それ、犯罪です〉

それ、犯罪です

「NO!」と言うのって難しいですよね。言ったからといって別にスッキリするわけでもなく、大抵は嫌な空気になってしまいますし。
それでもわたしが断固「NO!」を押し通したのは、仕事上でのことでした。

20年近く前の話です。
今でこそウェブの案件はひとりで担当することが多い状態ですが、当時はチーム制でした。とはいえそれほど大きくない案件がほとんどだったので、大抵は営業兼ディレクション担当者と、ウェブデザイン兼構築担当者、という2~3名で1チームという規模です。

営業・ディレクション担当スタッフの中にいたのが、A氏でした。
A氏は当時おそらく40代半ばくらいだったと思います。昔からいたスタッフではなくもともとは個人事業主の方で、入社してまだ1年たらずといった頃でした。
ひと回り以上年上でしたが、正直、彼の仕事ぶりはあまり尊敬できませんでした。「なぜそういう設計になったのか」「なぜこの構成にするのか」尋ねてもいつも曖昧だったし、詰めがが甘い部分を顧客に突っ込まれると、「じゃあお好みの感じに変えちゃいましょう。どうします?」と顧客に設計を丸投げしてしまうことも多々あったからです。
何のポリシーもなかったんかい!と突っ込みたい気持ちは常々ありましたが、20代のわたしにはそんな勇気はなく、もやもやとしながらも言われるがままデザインを修正したり、ツギハギのサイトを作ったりしていました。

そんな中、とある会社のサイト制作の案件で、またしてもA氏と組むことになりました。
その会社には正式なロゴがなく、名刺や看板に使っているのは様々なフォントで作ったバラバラのロゴでした。
「これを機会に正式なロゴもうちで作ったらいいと思って」。社内の打ち合わせの際、A氏は軽い口調で言ってきました。
けれどロゴを作る予算はゼロ。納期だってギリギリです。
そのことをA氏に言うと、ロゴはもう俺が作ったから、と。

A氏が作ったロゴは、スターバックスのようにイラストが入ったロゴマークタイプのロゴでした。
コンセプトを尋ねてもふわふわしていて、ロゴとしての役割を100%満たすものではありませんでしたが、全体のバランスや細部のクオリティは決して悪くありませんでした。少なくとも現状のバラバラのフォントを集約するための通過点とするには十分な気がしました(0円ですし)。

仕事ぶりが尊敬できないなんて思っていた自分を恥じ、「お客さんも喜びますね」なんて言いながら打ち合わせを続けていると、A氏の持っている資料の中に、さらに他にもたくさんのロゴを作った形跡があります。驚いて「それって、他にも作ったロゴですか?」と言うと、A氏は「いやこれはただの参考資料」、と手元の資料を見せてくれました。

それは何かの冊子をコピーした資料で、いくつかロゴが並んでいました。
誰かの作品集か、あるいはクオリティの高いロゴを集めた実例集の中の1ページなのだと思います。
その中に、A氏が提案してきたロゴとそっくりのロゴがありました。

リスペクトとかインスパイアとか、そういうレベルではありませんでした。
A氏のロゴは大元のロゴをトレースして、それに帽子をかぶせたり若干目や眉や鼻の形を変えたりしただけの、ただの著作権侵害でした。
問い詰めても何が悪いのかわかっていない様子で、「業種が違うから問題ない」だの「このロゴだってあの有名な○○のロゴに似てるし、ロゴなんてそういうもんだから」だのと反論してきます。
仕事ぶりが尊敬できないなんて思っていた自分を恥じた自分を恥じました。
わたしはこのとき初めてA氏に対し断固「NO!」を言うとともに、他スタッフにも注意喚起を行ったのです。もちろん、そのロゴは一切使いませんでした。

A氏はまもなく辞めてしまい、今はどこで何をしているかわかりません。
著作権侵害をしていないことを祈るばかりです。


追伸。夜の動物園の抽選、落選でした。また来年まで持ち越しです。


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