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ハルの思い出

今日は息子のハルの誕生日です。
ハルは今日で25歳になります。
今は東京の広告代理店でコピーライターをしています。
10年前にもハルのことを回想していました。


しみじみ思う

今日は息子ハルの誕生日、
多分、今日で15歳になるのだと思う。

この子が生まれた頃、
僕はJA福岡の農産物を紹介する、
テレビ番組のディレクターをしていた。
それと、週に一回、
地元の専門学校の映像コースの講師もしていた。

うちに子供が生まれてくる、
ということに関しては、
正直、心の準備とか、
覚悟のようなものはできていなかった。

僕が前の奥さん(A子)と結婚したのは、
A子のお父さんに頼まれたからなのだが、
その数年前にA子のお母さんは亡くなっていて、
(だから僕はお母さんとは会ったことがない)
そのことでA子はお父さんを恨んで家を出て、
お父さんも出て行ったA子を恨んでいた。

しかし、ろくに社会で働いたこともなかったA子は、
たちまち生活に困って、
当時の彼氏からも借金していたらしいのだが、
自主制作映画を通じて知り会った、
東京でディレクターをしている、才気あふれる僕を見て、
僕を次の金づるとして、僕の収入で、
なんとか窮地を脱しようと考えていたようなのである。

A子は東京に出て来て僕と一緒に暮らしたいと言った。
僕はA子がそんな目的で僕に近づいてきていたとは知らず、
僕と一緒に自主映画を作っていきたいと思っているのだと思っていた。

しかし、お父さんと不和なまま、
強引に東京に出て来られても困るので、
東京に来るなら、一言お父さんにことわってからにしてくれ、
と言うと、お父さんに話したら、一緒に暮らすなら、
籍を入れて結婚してくれと言われた、と言ったのだ。

正直言って僕は、親子喧嘩に巻き込まれて、
自分の戸籍に傷をつけるようなことはしたくなかったのだが、
A子には自主映画の制作で手伝ってもらっているし、
これからも手伝ってもらいたいと思っていたし、
A子とお父さんのいざこざを解決する手伝いができるならと、
「恩返し」と「奉仕」のような気持ちで結婚に承諾した。

A子もお父さんも、自分たちの都合で人を巻き込んでいることは、
重々承知しているだろうと思っていたから、
A子とお父さんのいざこざが解決したら、
僕たちは自然に離婚することになるだろうと思っており、
それがそんなに時間がかかることだとは思っていなかった。

しかし人の心のわだかまりというのは、
一年や二年で解決するものではなく、
20年近く経った今でも、解決している様子はないのだが、
それに巻き込まれる形で、僕も12年間くらい、
A子と婚姻している状態が続いた。

いつかは離婚する前提だったので、
なるべく子供ができないように気を付けていたが、
4年も一緒に暮らしているうちに、
いつのまにか子供ができてしまい、
ハルが生まれて来た。

なので、いずれ僕とA子が離れて暮らすことになったら、
こいつはどちらか一方と一緒に暮らすことになるが、
まあ、こういう状況下に生まれて来るのだから、
こいつも覚悟の上で生まれて来ているのだろうと思うしかなかった。

ハルが男の子でもあったので、
父親よりは確実に母親を必要としていたから、
僕は結婚から8年目、ハルが4歳の時に、
ハルとA子に家から出て行ってもらった。

働くわけでもなく、家事もせず、
僕の自主制作活動を手伝ってくれるわけでもなく、
僕に対する愛情もまったく感じられないA子と、
いつまでも一緒に暮らしていくわけにはいかなかったのだ。

具体的にどのくらい働かず、
どのくらい家事をしなかったかは、書かないが、
ハルの面倒を見る以外はほとんど家事はしなかった。

もちろん家賃や光熱費も、一回も払ったことはない。
しかし、二人が暮らす家は僕が用意して、
結婚はしたまま、別居する形になった。

結婚はA子の父親との約束だったから、
彼が納得して「もう離婚していただいても結構です」
と言ってくるまでは、
僕の方から投げ出すわけにはいかなかったのだ。

だから僕は、どんなにつらくても、状況が改善するまでは、
絶対に僕からは放棄するまい、と耐えていた。

そして、ハルが8歳の時、
A子からの申し出で離婚することになった。
もうこれ以上、
僕からは絞り取れないと判断したのであろう。

あれから7年、もう7年も経つのか、
こんな状況なのに、ハルはスクスク育って、
本当にスクスク育って、僕より身長が高くなり、
今日の夜もプレゼントをもらいに僕の家に来る。

プレゼントは「てにをは辞典」という辞書。
ハルは文章を書くのが好きで、
小説を書く参考にしたいからと、
この辞書をプレゼントに指定してきた。

これはあきらかに僕の影響である。
僕がマンガや映画が好きで、
小さなハルに、いつも出鱈目のお話を作って、
寝かしつける時に話してやっていたからである。

ハルはいつも腹をかかえて笑って、
かえって興奮して、なかなか寝てくれなかった。

僕はお前を殴り殺すようなひどい父親じゃなかったし、
A子もお前を餓死させるほどのひどい母親でもなかった。
まあ、できの悪い両親ではあるんだが、
これくらいで勘弁してくれよ。
それにしても、よく生まれて来たな、
そして、よく大きくなったなあ、しみじみ思うよ。

これから更に10年経ち、ハルは今日25歳になった。
この間に色々な事を知り、どうもA子は、
僕と結婚する以前から魔物のようなものの
影響下にあったようだとわかった。

そしてハルもA子と一緒に暮らすうちに
だんだん魔物に心を浸食されつつあるようだ。
僕は日々、聖天様や空海さまに
ハルをお守りくださいとお願いしている。


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