今更という感じも強いですが、押見修造の「悪の華」について

これは2014年にFacebookに書いた文章です。
このままにしておくのは忍びないので採録します。

この「悪の華」というマンガは、

中二病についてのマンガである。と思う。

中二病とは何かというと、

中二くらいの時の、幼い自意識や、

勘違いした価値観に凝り固まった状態のことを言う。

群馬県の、山に囲まれた何もない町に住む、

主人公の春日高男は、周囲に溶け込めず、

浮いてしまっている自分を持て余し、

文学の世界にのめりこんで逃避している。

たとえばボードレールの「悪の華」を読んだりして。

春日は、クラスのマドンナ的存在の

佐伯さんという女の子に密かに憧れているのだが、

同じクラスには仲村さんという、

春日以上に中二病をこじらせている女の子がいて、

結局春日は仲村さんのペースに巻き込まれ、

せっかくうまくいきそうだった佐伯さんとも距離を置いてしまう。

そしてついに夏祭りの日に

春日と仲村さんは祭りのイベントステージの上にあがって、

二人で灯油をかぶり、焼身自殺をしようとするのだが、

寸前で仲村さんは春日をステージから突き飛ばして、

自分一人だけでライターに点火しようとする。

しかし仲村さんにもお母さんが捨て身の体当たりをして、

仲村さんも春日も取り押さえられ、

春日も仲村さんも佐伯さんもバラバラに引き離される。

これが6巻くらいまでの話で、7巻では、

春日は引っ越した埼玉県の大宮で高校生になっていて、

幽霊のように自分の存在を消し、

目立たない生徒として高校生活を送っている。

その高校に常盤さんという、

どこか仲村さんに似ている女の子がいる。

背が高くて美人の常盤さんは、明らかに春日とは違う、

派手で目立つグループに属する女の子だったが、

実は本好きであることがわかり、

春日と本を貸し借りしたりする仲になる。

と、ここまで読んで、僕は「もういいや」と思った。

孤独で本好きで友達がいないなんて、

まるで高校時代の自分のようで、

そんな春日に救世主のような女の子が現れたとしても、

またきっと悲惨な展開になるに違いないから、

もう続きを読みたくなかったのである。

それでしばらくほったらかしにしていたら、

いつのまにか「悪の華」は10巻まで出ていた。

レンタルコミックでは最新刊は少し遅れて入って来るので、

借りられるのは8巻と9巻だけだったのだが、

「もう読むのはやめよう、つらくなるから」

と思っていたはずの続きを、

ふと読んでみようかという気になったのである。

常盤さんにはやはり同じグループに所属する、

イケてる彼氏がいて、春日は、つくづく彼らとは、

住む世界が違うんだということを思い知らされるのだが、

それでも常盤さんが、彼氏には言えない、

孤独な心の闇を持っているということには、

うすうす気づいており、逡巡した末に、

よりによってクリスマスイブの夜に、

彼氏と常盤さんがアルバイトしているおしゃれなカフェに行って、

常盤さんに「僕と一緒に来てくれ」と「告白」するのである。

そしたらなんと常盤さんは、

その場でカフェのアルバイトを辞めて、

春日と一緒に帰ってくれるのである。

もちろんこれはマンガだからで、

現実には春日のような男は「告白」できないし、

たとえ「告白」したとしても、

そんな恋が成就するはずがない、

いや、成就してはいけない、というのが、

僕の思想であった。

でもこれはマンガなので、

そんな僕の思い込みはあっさりと裏切られて、

春日は「告白」したし、

その「告白」は成就したのである。

(しかも自分が一番苦手とする、

おしゃれ人間たちの前での公前告白という、

もっともハードルが高い設定でクリア)

なるほど、こういう考え方もあるのか、

と、目からウロコが落ちる思いがした。

春日のような男でも「告白」してもいいし、

その「告白」が成就するという選択肢だってあるんだ!!

いくつものパラレルワールドの中には、

そんな夢のような世界だって存在するし、

そんな夢を現実のものにすることこそが、

マンガや映画の役割なのかもしれない。

僕の夢には時々、僕のことをとても理解してくれて、

僕をとても好きでいてくれる女性が出てくることがあるのだが、

それはグロテスクな妄想ではなくて、

むしろそんな世界の方が当たり前なんだと、

うまく言えないがそんな意味のことを、

このマンガは伝えてくれたように思う。

主人公を持ち上げたり落としたりするのが、

ストーリーの流れというか、

物語作りのセオリーなので、

束の間の幸福を得た春日が、

(あまりにも幸福過ぎて、

常盤さんとのデートの途中で泣いてしまったりする)

10巻でどうなっているかはわからない。

というか9巻の最後で群馬のおじいさんが倒れて、

数年ぶりに群馬に帰ることになったので、

また色々と精神的に酷い目に会うことは必須である。

そして、これから書かれる11巻にあたる部分では、

春日はついに仲村さんと再会するようだ。

常盤さんに「告白」して一緒に帰ったところで、

終わってくれたらよかったのに。

物語としては中途半端だけど、

夢を夢のままで終わらせてくれたら、

僕も春日も傷つかなくて済むのに・・・・

あまり続きは読みたくない。

でもまたいつか、読んでしまうと思う。

図版は仲村さんが物語の中で何回も、

春日やクラスメイトや教師や大人たちに対して、

つまり自分を取り巻く世界のすべてに対して発する、

決め台詞「クソムシ」

この時点ではまだ最終巻を僕は読んでいない。
その後この漫画は完結して、
ロトスコープという特殊な技法で作られたアニメにもなり、
伊藤健太郎主演で実写映画にもなり、
更にその伊藤健太郎がひき逃げ事故を起こして
謹慎になったりもしている。
まあそれらの件までひっくるめて、
僕にとっては思い出の深い作品である。


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