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失われたカッパを求めて 15 完

洗脳施設へのゲリラ攻撃に端を発するカッパたちの戦いについて、歴史に語られている以上のなにかを私が付け加えることはできない。
みなのよく知るとおり、戦いはカッパ側の無残なまでの敗北に終わった。
信仰カルト教団によるテロ、と警察資料には記録されている。政府による情報統制は徹底していて、マスメディアの報道はほとんどなかった。それよりもずっと調査力、信用度の低いインターネットメディアでの注目度についてはいうまでもないだろう。諸外国の報道との連携をとれなかったことが大きな反省点である。しかし、この反省がつぎに活かされることはないだろう。
カッパは滅んだのだ。

カッパ側のカリスマ的リーダーであり、父をはるかにしのぐ優秀なゲリラ兵士でもあったモツゴマルの息子の死が戦況を決定づけた。卑劣なうらぎりものによって死の淵にたたされたモツゴマルの息子はこういった。
「しかし、それでもなお、恨むことはできない」失血のせいでぼんやりとした目をしていた。「私たちの戦いは怨嗟ではなく、希望に裏付けられていなければならない」

モツゴマルの息子はじつに律儀にもあの襲撃の後にどういう方法を使ったかはわからないが、まとまった金額の融資をしてくれた。私の会社はそれからどうにかもちなおし、今は別のものに経営権を委譲している。

ああ、運命よ、どうして彼に死を賜った。
だれよりも誠実で、嘘をひとつもつかない男だった。
たくましく、やさしく、決して諦めない、鍛え抜かれた戦士。
あらゆるピンチからまばゆいばかりのチャンスを、いともたやすく取り出す発明家。
つねにユーモアと温かさを忘れない、誰にとっても理想的な教師であり、友人でもあった。
モツゴマルの息子。
その人物に対してあまりにも簡素すぎる葬儀の席で、私ははじめてその名を知った。
彼はタケシというそうだ。それはあまりにも人間的な名前であった。私はその名を聞いたとき、呼吸ができなくなった。
モツゴマルはかつての友人の名を息子に与えていた。

カッパ陣営が壊滅した後、私は独りで生き延びていた。
さまざまな汚辱をのみこむことになったが、それを今語ろうとは思わない。カッパたちが忍んできた苦しみの前では、そんなものは春のうららかな日差しと変わらない。
会社が軌道に乗った以上、私の人生の目的はいまや一つだけになってしまった。

私はあるマンションの一室を訪れた。
「なんともわびしい住まいだな」私はつぶやいた。「裏切りの果てに得たものがこれか?」
部屋の主はちいさな声で応えた。
「しかし世間を見ろ。カッパがいなくなったことで、人間たちは平穏無事に生きているではないか。いや、カッパなどいたところで、何もかわらない。そもそも人間どもはカッパ本来の姿に戻りたいなどと、一度も望んだことはなかったのだ。夢を見ていたいのだ」
私は憫笑した。
「言いたいことはそれだけか? お前には何もない。お前がモツゴマルの息子を殺したんだ。お前が裏切った。夢といったな。たしかにそうだ。お前自身もまた、夢と同じもので出来ている。目覚めれば、消えてしまう」
私は黙った。もはや何もいうことはなかった。

みずからの愛に責任をとれないものにいったい何を語ることができるだろうか。裏切ったものに何かを愛したということはできない。
語るに値しない、卑劣な裏切りもの、それがすべてだ。
私はカーテンを開け、部屋の窓を開けた。
朝の光が私のつつましい部屋を照らした。
「さあ、人間たちよ、見よ。戦いの恐怖に尻尾を巻いて逃げだし、会社を守るためなどという偽りの理由で、それを糊塗して、愛を裏切った男がここにいる。さあ、私をよく見ろ」

もちろん世間は私など知らない。
カッパの存在すらしらない。
私の裏切りのことなど誰にとっても問題にはならないだろう。
朝の光のなかで、私はひとり、恥辱の底に沈んでいく気がした。

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