見出し画像

失われたカッパを求めて 14

「起きてください」
ゆすぶられて目がさめた。
粗末なベッドにうすい毛布一枚で寝ていたからか、体のあちこちが痛い。
モツゴマルの息子は私が目覚めたのを確認すると、ちょっとうしろをむいて食事をもってくるように指示した。
ここはカッパたちのアジトだ。
私はあれからモツゴマルとの約束を守るため、カッパたちに合流し、行動をともにしていた。
「返済日は近いです」とモツゴマルの息子はいう。「楽しみですね、やつらの慌てふためく様子が目に浮かびます」
カッパたちは敵性動物教育機関、すなわちカッパ洗脳施設への攻撃を計画していた。私は人間側へのスパイとして、その位置、建物の構造、人員の配置などの情報を彼らに提供していた。
「しかし、これから戦闘か。なんだか怖いような気がするな」
私が怖じ気づいた。しかしモツゴマルの息子は意外にも軽蔑したり嘲笑したりすることはなかった。なにも返事をしなかったが、彼が私の逡巡をうけとめてくれていることはしっかりと感じられた。
「……そろそろ朝ですね。おもしろいものを見せてあげましょう」
私たちは階段をくだり、そのまま下水道のなかへ潜り込んだ。そこはひろいトンネルのような空間になっている。
「こんなものが都市の地下を縦横に走っているなんて想像もしなかったよ」
私は何度目かわからない感嘆をもらした。
「カッパも無力ではない。人間側がこんな不必要に巨大な通路を地下に建造したのは、カッパ側からの隠れたロビイングの成果です。人間たちはここを管理する仕事を、3Kなどといって忌避し、カッパに一任しています。おろかな決断だが、そう仕向けたのは私たちです」
しばらくいくと、はしごがあり、モツゴマルの息子はそこを上るよう私をうながした。
「みつからないように頭だけ少しだしてください」
おもいマンホールを頭でぐっと押し上げると、そこは繁華街の中心だった。さすがに大都市の歓楽街だけあって、こんな時間にも人間の姿はおおぜい見られた。
「飲み屋街かい? べつにめずらしいものでもないよ」
「もうすぐです」とモツゴマルの息子はいう。「おもしろいものが見られますよ」
モツゴマルの息子の声がわずかに緊張し、ふるえているのがわかった。私はつばをのんで町の様子を、ひとびとの往来を凝視した。
「朝と夜とが切り替わる一瞬、都市はその真実の姿を露呈します。たえがたいが、真実は受け止めなければならない」

そのとき、朝が来た。

その朝と夜のあわいに私は都市の真実の姿を見た。
私は絶叫しそうになる。するとモツゴマルの息子の腕がさっと私の口をふさいだ。
「真実は受け止めなければならないのです」
モツゴマルの息子はしずかな、力強い声でいった。私は心強い仲間がいることに安堵して、深呼吸をしてからうなずいてみせた。

朝と夜とが切り替わる瞬間、町がベールを剥がれる瞬間、往来をいく人間たちはその真実の姿を現していた。
町に人間など、一人もいなかった。
「人間は存在しない。カッパだけが存在する」
「そのとおりです。この世界にはカッパと、自分のことを人間だと思い込んでいるカッパが存在するだけなのです」
「だとしたら……」
「そうです。自分のことを人間だと思い込んだカッパがカッパ自身を……」
これこそがカッパたちが人間を害さない理由だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?