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流れもち奇譚

ずうっとむこうからレーンのうえを鏡もちが流れてくる
ここまでくると、レーンが二股にわかれて
鏡もちは右と左とに温和しくわかれていく
そして二筋になったレーンはまたずうっとむこうまで流れていく

あたしはこのふりわけ作業を任されているチームの一員だ
チームは全部で三名
あたし、ワニの安川さん、カブトムシ(無口なので名前を知らない)
自分でいうのもなんだけど、あたしたち、悪くないチームだと思う

大きなミスはしたことないし、なかよく仕事もできている
言い合いになったり、肩にわざとぶつかられたりすることも
ないではないけど、それはみんな真剣にとりくんでるからで
最後にはいつも同じ方向をむいてがんばっている

右、左、左、左で、右、と……。
ふりわけをしていると、ある瞬間を境にして無心になる
あたしの精神みたいなのも消えて、世界はできたてのホカホカした鏡もちだけになる
鏡もちの頓悟、至純の禅味

手に予期せぬ鏡もちの触感があって、ふとみるとレーンが動いていない
停止ボタンをみると、そこにカブトムシが乗っていた
またか
カブトムシは鏡もち原理主義者なのだ

あたしはレーンの流れが順調である方が大事だという立場
でもカブトムシは鏡もち自体が大切じゃないか
ひとつ、ひとつの表情や、できばえを確かめてやるべきじゃないか
長い旅をする鏡もちだ、がんばれよ、ぐらいの声かけをしてもいいくらいだ、と

だからあたしが禅境に遊ぶのが
身勝手で鏡もちをないがしろにしたふるまいだと
そんなふうに感じてしまうのだ
カブトムシなりに我慢はしてくれているのだけど

あたしはあたしで、カブトムシがひとつひとつの鏡もちに
一々、くっついたり角の先を差し込んだりしているのを見ると
つい停止ボタンを押したくなったり、実際に押してしまったりするから
お互い様なのだけど

あたしはいちおう謝った
いちおう、というのが伝わるように謝ったので
案の定、カブトムシはちょっと怒って、宙空をブーンと一周した
あたしはそっぽをむいた

ワニの安川さんはそんなあたしたちを見て
いつものように笑っていた
おっとりした安川さんが笑っていると
あたしもカブトムシもなんだか気がぬけてしまうのだ

まあまあちょっと休憩しよか
と安川さん
二人ともこだわりがあるのはわかるし、大切なことだけど
私たちは共存しないといけないのだから

あたしたちはレーンからすこし離れたところで
腰掛け、用意しておいたつめたいスイカを食べて
集めたタネで地面に絵を描いた
鏡もちの行く先の、想像図だ

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