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アカシアの殺し屋

泣きながら死ぬか
戦って死ぬかしかない
殺し屋はそういうことばで私の罪悪感を拭い去ろうとした
黒い冷たさのかたまりをベルトに差し込んで殺し屋は立ち上がった
持ち手のところが毛の生えた桃色の下腹をやわらかく押し上げていた
内蔵を冷やしはしないか

風もないのに、アカシアの花が動物の尾のようにわずかに弾んでいた
黄色い粉体のかたまり
自転車が横を通っていくと
磯のなまぐさい風がここまで来ていたことに気づいた

私は公園の便所で用足しをすませ
からっぽの内蔵に直接ほそい足が生えた気分で
しかし
殺し屋のうしろを歩くことだけはすまいと早足で歩いた

坂をのぼり、柳のあいだをぬけて
ドーナツ屋の行列をやりすごし
それから百貨店に入って
そのまま反対側の出入り口から出て行って

歩道橋を渡って
パチンコ屋の駐車場を横切り
下校する小学生の軍団が
もつれあって笑うわきを抜けて

そうしてずっとまっすぐに
町を横切っていった
暖かい日差しを浴びながら
たくさんの現存在どもとすれちがい
殺し屋とふたり並んで

しかしずっと思っていたことがある
ずっと思っていたのだ

今さら誰を殺すというのだろうか?

夜までずっとそうして歩きまわったあげくに
殺し屋にたずねたくなった
しかし夜にもかかわらず、殺し屋は殺し屋だから、サングラスを外さない
それは、あるいは……

こっちだ、と私は意気軒昂にも殺し屋を先導した
小学生の遠足のように
私たちは殺しの使命に喜び勇んで、縦列を組んで歩いた
誰を殺すというのだろうか

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