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実験室の風景

大柄なイタリア人がピッツァ生地を頭上でぐるぐると回転させている
行列なしてぐるりをとりかこむロボットの観衆たちに
笑顔をふりまきつつ
ロボットたちは正確に五回拍手して
(バン、バン、カン、バン、カン)
イタリア人のひっくりかえしたコック帽に2ユーロ硬貨を投入する
(チリン)

完成間近の軌道エレベータの話題で町中はそわそわしていた
ピッツァ職人の息子も自転車こいであちこち駆け回り噂の収集に余念がない
今日(っていってもどこの今日なのかはわからないけど)
軌道エレベータの反対側が西方楽土に着岸したらしいよ
そこは渺として際限のない世界で
見晴るかすかぎり金色に輝き
熱くもなく寒くもなく
ひとびとはいかにも尊げで
楽しげにワルツなど踊り
建物はくまなく宝飾されて
そればかりか山川草木さえひとつとして荘厳されざるなく
ベストプレイス
飢えすらもない
すげえだろ
と息子

どうせ死んだらいけるんだろ
うかれ気分に水をさして席をたち
硬貨ではちきれそうなコック帽を、おおきな木箱のうえでひっくり返す
(じゃら、じゃら、じゃら、じゃら、チン)
つまらなさそうな息子が友達の家に泊ってくるというので
職人は小銭をたっぷりひとつかみ渡してやった

手元の明かりだけつけた
うすぐらい調理場で
明日の分の生地をこねながら
職人は古い歌をくちずさむ

『山のあなたの空とおく
さいわい住むとひとのいう
ああ
われひとと訪めゆきて
涙さしぐみ
かえり来ぬ』




※引用は職人の記憶に基づく

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