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「しろたえ」のレアチーズケーキ 260円

赤坂見附の小さなケーキ屋「しろたえ」はいつも人でいっぱい。
こじんまりとしたその佇まいは、背の高いビルが多く並ぶビジネス街のイメージにはそぐわない気もするが、聞けば創業は1976年。変わったのはお店ではなく、街の方なのだろう。

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こげ茶色の木製のドアを開けると、思った以上の人の多さに驚く。左手にテイクアウトの列、右手に喫茶を待つ人の列、それらの注文をくるくるとさばく店員たち。立地のせいか5個10個と買っていくお客さんも多く、端からキレイになくなっていくケーキに喫茶待ちは不安を隠せない(私だけだろうか)。でも私にできるのは行儀よく注文を待つこと。店内には複数のベテラン店員さんがいて、愛想がいいとは言えないけれど、彼らの働きぶりを見れば確実に自分の番が来ると分かるからだ。席に通される時テイクアウトもしたいと伝えると、嫌な顔をせずその場で注文を聞いてくれた。

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運ばれてきたレアチーズケーキは思った以上に小ぶりで、軽く食べてきてよかった、と心の中で呟く。もったいないからと、フォークで角っちょを小さく小さく切り取る。口の中に入れると、その量に反して濃厚な味わいが口の中に広がる。思ったより全然甘くない。ヨーグルトのような滑らかな舌触りと後にくるレモンの酸味。なんだろうこれは。食べたことがないのに懐かしいような。ずっと食べていられそうなのに一口でも満足できるような。見た目もそうだが丁寧に作られているのが分かる。分かるというより伝わる。ああ、この丁寧さを伝えたいのか、と思ってしまうほど。間違ってもかぶりついたり、スマホ片手に食べるものではない。こちらも背すじを伸ばして、その丁寧さに向き合う。一口を慎重に味わう。地味でもこじんまりでも、手を抜かずにやっていれば続けていけるものだよと教えてくれているのか、とすら思う。

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ケーキと夢中で向き合うさなか、ハッと気づいて周りを見ると、読書をしたり静かにおしゃべりをしたり、フォークを持つ手が止まっている人が多い。その気持ち、とても分かる。終わるのがもったいないのだ。一つドアを開けただけなのに、260円払っただけでこんなケーキが食べられて(そう、このレアチーズケーキの値段はたった260円)。お店から出たくなくなってしまう。さっき、テイクアウトを頼んでおいてよかったと思う。この夢の続きは、また家で。そう言い聞かせて席を立った。


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