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勝利以上に大切なこと

先日我々Criacao Shinjukuは関東社会人サッカー2部リーグの試合を闘いました。

首位攻防戦、お互い何としても勝ち点を積み上げたい、とても熱いシチュエーション。


この試合を通じて、スポーツのあり方を、改めて考えさせられることとなりました。


前提として伝えたいことは、あらゆることに共通することですが、様々な人間が様々な価値観を持って、活動しています。

スポーツに関しても様々な価値観で、色々な人が。


健康のため。

勝利のため。

仲間との交流のため。

自分の限界に挑戦するため。

生活のため。


他にも様々な価値観があり、どの価値観も良い悪いと単一の評価指標で語られるものではないということを、自分自身理解しているつもりで、今回のブログを書かせてもらいます。


そして

今回我々の試合の事象を取り上げるのですが、決して個人や組織が必要以上に非難されたり、人格として非難されるものではあってほしくないと思っています。


スポーツ界、社会がより良くなるための、議論として捉えてもらいたいと思います。


本題に入らせてもらいますと、今回の試合で考えさせられたこと、自分として許容しづらい、しっかりと議論し続けていかなければならないと感じたことがありました。

それは、

勝利のためのラフプレー(相手を傷つける行為)を許容するのか?

ということです。


更には、

ラフプレーが起こる背景にある組織や個人の価値観や倫理観をどのように捉えるか?

ということです。


程度の問題であるという議論の観点も当然あるかと思います。


しかし、

ラフプレーという事象の根底にある価値観や倫理観で間違えてはいけない。

ということを自分は考えています。



この動画(東京フットボールさんより掲載)を見ていただくと、かなり強度の高い試合の中で、強度が高いで片づけてはいけないような行為がなされていると感じています。


結論から申し上げると、自分はこういったスポーツのあり方をとても勿体無く、寂しく思います。あってはならないのではないかと。

戦争ではなく、スポーツとして人が競い合い、高め合うことの意味を僕らはもっともっと大切にしなければいけないと思います。


ルールを逸脱して、相手を過度に傷つけてでも勝利を目指すというあり方が肯定されるスポーツ界であっては決してならない。

競技の延長として、時に激しくぶつかり合うことは、起こり得ると分かっています。一方でその根底にある思想が、相手を傷つけてでも、というものであってはあまりにも寂しすぎる。


こういった行為が起こらないようにするために、起こっている背景を構造的に理解しておく必要があると思います。

スポーツ界のみならずかと思いますが、時として、物事を突き詰める過程で極端な考え方を持つことで、違いをもたらすというアプローチは、なされています。

しかし、踏み外してはいけない倫理観がそこにはあると自分は思っています。


今回は、こういった行為が起こっている背景を、①個人、②組織(チーム)、③競技を取り巻く関係者、という3つの側面から考えていきたいと思います。



①個人としての価値観・倫理観

・まず大前提として、個人としてどういった価値観・倫理観を持っているか。

個人がスポーツをする上で、勝利を目指す上で、何を大切に、やってはいけないことは何か、こういった基準を自分自身でしっかり持つことがとても大切なのではないでしょうか?

幼少期から色々な場面で、自分自身の価値観・倫理観を培う機会があると思います。

親、親族、友人、先生、本、映画、アニメ、、、あげ出せばたくさんの考え方を色々な場面で学ぶことができると思います。

短期的な成果を出すために、ルールを逸脱するという行為はあらゆる場面で起こりうることです。

一方でそのルールを逸脱した短期的な成果は持続性が弱いということをしっかりと理解しておく必要があります。

極端な事例ですが、あらゆる犯罪行為は、誰かを犠牲にして、自分が短期的に良い思いをするというものですが、そこにはほとんどの場合(本質的には高い確率で)大きな反作用があります。

自分と他者の価値ある共存を本質的に理解する環境づくりを社会全体で進めていく必要があると思います。

スポーツは特にそうした価値観や倫理観を形成するのに適したコンテンツだと感じています。

だからこそ個人としてスポーツマンシップの本質を皆で大切にしていくことが、スポーツにとっても大きな価値であり、スポーツが魅力的であり続ける一つのあり方だと確信しています。

自立・自律した個人であること、ここをスポーツを通じて、身につけていくことは価値が高いと考えています。


②組織としての価値観・倫理観

・個人の価値観・倫理観と並んで、組織としての価値観・倫理観はどういったものであるか?

時に個人の価値観・倫理観さえも抑圧してしまう、組織、としての価値観・倫理観。

組織のトップである代表、監督、キャプテン、そしてチームメンバー、スタッフ、などの関わるメンバー、及び組織としての歴史・文化がどんな価値観・倫理観を大切にしているか、という側面はチームスポーツにおいて、大きな影響を組織、個人に対して与えます。

あらゆるスポーツ組織が声高に"スポーツを通じた人間教育"という言葉を掲げますが、本質的にその組織が大切にしている人間教育とは何か?ということを、しっかりと明示してほしいと思います。

"勝利のためには手段を選ばない"

これを突き詰めることで、得られる力が何かしらあることは理解しています。

一方でこの言葉がスポーツ界で正当化されてしまうことに強い懸念を感じます。

いわゆる綺麗事をいうつもりはありません。

勝つためには色々な努力をしなければならないことは理解しています。

ただし"選んではいけない手段がある"ということを、みんなで議論していきたいです。

世の中に法律があるように、スポーツにもルールがあります。

ルールの中で競技をするから、皆が安心して競技できる。

この当たり前を今一度徹底していく必要があると感じました。

それぞれの組織が大切にしている価値観・倫理観を理解した上で、個人は組織を選んでいくことが必要であり、組織は自分たちのあり方を考え続ける必要があると思います。


③競技を取り巻く関係者の価値観・倫理観

・競技をしていく上で、審判、運営団体、観客、など、様々な競技を取り巻く関係者がいます。


◯審判

審判はその試合の基準を決める存在です。

何がルールとして正しいのか、そして正しくないのか。

その基準によって、選手はじめ競技者達はプレーをしていきます。

審判の基準は何によって決められるか?

大前提に競技者の安全があり、その次に競技のスムーズな進行があると思います。

審判も人がやるものなので、とても難しい判断が求められる機会がたくさんあることは百も承知しており、審判に対する強いリスペクトを常に持ち続けたいと思っています。

審判には絶対的な権限がその試合において与えられるので、この前提としての安全に対しての基準は絶対にブレないで欲しいと思います。

お互い本気で競技に打ち込んでいれば、起きてしまう怪我は間違いなくあると思いますし、これを無くすことは非常に難しいと思います。

一方で、試合の運営で減らせる怪我はあると思っています。

そこを皆でもっともっと議論して、かつ精度を上げていくことを目指していきたいと考えています。


◯運営団体

・運営団体はその大会のあり方の基準を決める存在。

こういった危険なあり方に対して、都度ルールやあり方を議論して変化させ続け、魅力ある大会としていくことがミッションの一つにあると思います。

運営団体は、こういった問題に対しての対処基準の作り方は事例ごとに検討が必要であり、議論の進め方が難しいとは思うのですが、何かしらのガバナンスを効かせる形を競技者・チーム、審判等関係者を巻き込んで、より良い大会運営を現状も目指し続ける必要があります。

今の我々の関わっている運営団体はそういった努力を継続し続けてくれています。

だからこそ今まで以上に皆でより良い大会運営を作っていきたいと感じました。

皆で魅力的なスポーツを通じてコミュニティーを作るためにも、当事者意識を持って、全員で取り組んでいきたいものです。


◯観客

・観客も試合の雰囲気を大きく決める存在です。

一見当事者意識を持ちづらい立ち位置かと思うのですが、今回は自分もこの立ち位置に近い形で試合に関わっていましたが、観客がどういった声を上げていくか、ここにもこういった事象を減らしていく可能性がたくさんあると感じています。

観客の方もたくさんの価値観を持って、試合会場に来ていると思うので、強要するつもりはさらさらないのですが、観客が持っている力はとても大きいと感じていて、だからこそ会場でいい雰囲気づくりを一緒にしていけると、とても価値が高いのだろうと考えています。


・こうした関わるあらゆるシステムを理解しながら、統合的に良質な変化をさせていくことが我々には求められていると思います。


・最後に自分たち

最後に自分たちもこんな話を言いながらも、まだまだ色々と足りない未熟な存在です。

誤解を与えたくないので、選手達、スタッフ陣、全員めちゃくちゃ頑張ってくれています。本当に素敵な人間達が集まってくれていると確信しています。

しかし自分たちに圧倒的な力があれば、そもそもこういった事象も起こらなかったと思います。

まだまだ常に足りない。

そして、時に欲望に負け、楽をしよう、ズルをしようとする自分達がいます。

そして僕らは、そんな自分達と闘い続けています。

こうした欲に負けてしまった時には、素直にそれを認め、反省をし、変化していける個人でありたいし、そういった常に良い方向に変化し続けられる組織・個人を目指していきたいと思っています。


今回の事象は相手だけに異論を唱えるものではなく、スポーツ界、社会全体で、この事象を学びに変えていくか、というものでありたいと思っています。


勝利以上に大切なこと。


向き合い続けたいと思います。

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東京都新宿区在住1984年3月生まれ株式会社Criacao(クリアソン )代表取締役社長スポーツ×教育の力で世界を豊かに。新宿から世界一のサッカークラブを。
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