見出し画像

「楽しみ」をカタチにする

京都機械工具株式会社の自動車整備用工具箱について紹介します。この会社は基本的にプロの整備士、工場作業者向けの商品を製造しているのですが、寸法精度や強度は十二分にあり、二十一世紀バージョンと称される普及品のツールでもカッチリとネジをくわえこんで回すことができます。

画像1

▲写真:京都機械工具株式会社のカタログより掲載

ただし、スタイリングは無骨な印象で、握ってネジを回すとエッジが食い込んで痛い。番手を表す数字の刻印なども「大きく・見やすく」が重視されていて、グラフィックライクではないのです…

F1やGT、カートレースなどのスポンサードもしているので、車好きからはよく知られた「KTC」の3文字ですが、一般的な認知度は企業が考えているほど高くなく、ブランドの価値も使用者からすると「良いものは作っているとは分かっているが、どうしても欲しいものではない。加工して使ったりする」というちょっと残念な意見でした。

必要度は高いのだけど必欲度は低いのですね。

自分たちが、いちばんの使い手になる

どうしてこういう事が起こっていたかというと、実際どんな人が使っているのか、工具がどんな状況でどのように使われているのか、という情報を集める体制になっていなかったこと、自分たちでも年がら年中、工具を使って楽しむということをしていなかったんですね。

まずホビー市場に探りを入れてみましょうということで、プロの人が家で使うようなシーンも考慮して、仕事でも趣味でも作業や工具に楽しみを求めている人に向けて商品を考えるプロジェクトを立ち上げてもらい、開発を進めました。

事例:EKR-103

画像2

▲写真:京都機械工具株式会社のカタログより掲載

今までの工具箱は、工具を効率よく収納する、工具箱を持ち運びしやすくする、そのぐらいしか要求されない、と思われていました。そのため、どうしても必要なものでなく価格の叩き合いになっていき、市場には安い台湾製の商品か、ハイエンドの50万もするスナップオンの工具箱しかありませんでした。どこの業界にでも当たり前のようにある話ですね。

ところがモノだけに着目して開発をしている気がつかないことなのですが、工具箱はただ工具を収納するだけのものではなく、作業の進行や変化に応じて工具を出し入れする、ターミナル的な役割をしています。

画像3

それと、工具を使う前後の作業を見つめてみると、出し入れだけに着目するのでは済まないことがわかります。

・作業の内容を頭に入れて車のそばに持って行く工具を選ぶ時
・途中で足りないものを取りに戻って、どんどん作業場所に工具が溜まる時
・作業の終わりに手入れをしてしまう時…etc.

いろいろな事が想像できます。これによって、今まではただ工具の出し入れするだけの静的=スタティックな収納庫であり、これからは動的=ダイナミックな収納、作業を助けてくれる商品でないと、どうしても欲しくなるようなイノベーションが生まれないと結論づけました。

スタイリングイメージはガレージや車いじりのアイコンとなるものでした。
デザインの方向性として、知的でインテリジェンス性を感じるフラッシュサーフェイスボックスと、楽しさを全面に出したエンジンをモチーフとしたデザインの2つを提示し、結果エンジン案が選ばれました。

効率性や収納量だけを考えれば工具箱がエンジンである必要なんてまったくないんですね。おまけに、エンジンを表現するためにダイキャストパーツを使っています。今までのものづくりとは真逆の、重くて大きくて高価なほうへ向かっています。でも、所有する楽しさを考えるとこういったモチーフはどうしても必要なものでした。エンジンは車の心臓ですが、ガレージの心臓は工具箱なんですね。

これを伝えるために、経営層にプレゼンテーションする資料に、ボンネットが開いた写真に工具箱を合成した絵を作ったりして、エンジンをモチーフとした意味合いを訴求したことを覚えています。

画像4

その他にも工具箱として基本スペックを見直しました。工具ごとに異なる形状、取り出しやすさから考慮して、ディープソケットレンチが立てて入れられたり、缶スプレーが入る引き出し各段の深さや、プライヤーやニッパーなどが縦に入る引き出しの奥行き寸法など、設定された意図があいまいだった箱の大きさが、ちゃんと説明できるものになりました。スタイリングだけでなく、これらの基本スペックが伴わないと、使っていてボロが出てしまいます。

それと、ホビーの楽しみや世界観を広げるべく、もう一つ秘密の構造を仕込んであります。実はアタッチメントが取り付けられるように、サイドパネルが外れる構造になっています。つまり、買った時点では半完成品で、車好きレベルに応じて自分好みに仕上げていける楽しみを内包しています。

画像5

所有する喜び、基本的な性能の向上、今後への期待感と楽しみづくり。こういう所まで企画意図が実現できると商品としての幅が広がります。

そして数年後…もっとエンジンらしい造型を施した「EKR-113」のスタイリングを行うわけですが、本当は最初からここまでいきたかったですね。

画像6

担当役員の方からデザインを換えたいという旨を伝えられた時、やっぱり!と思いました。これは実感なんですが、デザインを発注する企業側が本当に変化を求めていなかったり、求めていても受け止める心づもりがないと、うまく噛み合ない、浮ついた変化になってしまいます。(社内で温度差が生じるなど)ですので、デザインの刷新はタイミングであり、かつ一足飛びには進まないと感じています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?