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内から外に伝える「カタチ」

スポーツエクイップメントのデザイン事例を紹介します。
株式会社モルテンは知る人ぞ知る、サッカーボールの亀甲パターンを作ったメーカーで、アディダスのOEMを担当するなど全世界のボールメーカー中でも高いシェアをもつ会社です。特にバスケットでは絶大な指示を得ています。国際バスケット連盟のワールドカップ公式球で、デザインも著名なイタリアのインダストリアルデザイナーであるジウジアーロに依頼しています。

それと、小学生のお子さんがいるお家は、運動会などでモルテンのロゴをよく見かけるのではないでしょうか?実はスポーツ用品店を通して学校販売が強く、各種ボールに始まり得点板、ライン引き、ビブスなど多くの商品を提供しています。スポーツ事業部のブランドステートメントは、

For the real game
完璧なボールとスポーツエキップメントによって、プレーヤーのパフォーマンスと意志が100%発揮される時、そこに本物のゲームが実現する。

を掲げています。商品としてボールの真円度や圧力を保つ弁など、技術課題のレベルを引き上げ、それをクリアしていく活動をしています。

ユーザーの「喜び」に目を向ける

事業の出発点としては、高度成長期時代の技術の置き換えから始まり、客先からの依頼に対応して改良し、横展開で機種を増やす…世の中のものづくりのほとんどとも言える成長曲線です。時代時代に在社した担当者の技量と興味のある領域とのマッチング、それに仕上げのよいデザインが施されていくつかのヒット商品が生まれてきました。

しかし、継続性がなく単発のヒットで終わってしまう事が多く、営業活動とも連携がとれず、次第に売り上げ低下で商品自体が消滅…それが失敗なのか成功なのか追跡調査もしていないので、わからない。実際に誰かが喜んでいるのか、よくわからないし興味もない…じゃあ次は何をしようか?いくら売り上げる?という事が繰り返えされてきたようです。

実際に使用しているユーザーの喜びがよくわからないというのは、世の中の企業ほとんどに当てはまると思っています。日本の企業にデザインセクションはおろか、商品企画も組織にないことがある状況に、経営者やスタッフが興味を持たないまま過ごしてきてしまった弊害が出ているように感じます。

そういうことでしたので、まずは既存商品の改善とそれを魅力ある商品としてどのように顧客に伝えるか、その繰り返しで継続性のある開発と商品マップを作るところからデザインを始めました。

事例:ウォーターペン

これはグラウンドなどで使うラインカーですが、石灰ではなく、水で線を引く所が大きな特長です。(▼写真:株式会社モルテンのカタログより掲載)

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競技で使用する場合は、一度線を引いたらできるだけ「消えないこと」が大切ですが、イベントや運動会などでは線を書き変えることが多々あり、石灰では消すのが大変なのです。現状は箒で散らしていますが、人手と時間がかかって面倒なのと、砂と混じってあまりきれいに消えないのと、水がかかると固まってはがれてしまうなど、取り扱いがけっこう面倒でした。「消えない線を描く」という追求していた要素とは真逆のニーズがあったのです。

それに加えて、近年では粉が舞い上がって気管支の弱い子供たちが気持ちよく運動できないという、問題もありました。石灰のコストも見過ごすこともできません。

ウォーターペンは水なので、放っておけば蒸発して消えてしまいます。夏場でも40分ぐらいはラインが残るので、授業一時限分や運動会の1つの競技、イベントの誘導ラインなどでは十分使えます。きれいなラインを引くために吐出口がシャワーノズルになっているので、今までになくライン際がくっきりできました。

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文字やマークが実にきれいに描けます。それまで、じょうろやヤカンで描いていたので、蛇行して強弱が付いていたラインが嘘のようです。毎度ですがこれは名前でも表されていて、ペンのように自由にきれいな線が引けることから「ウォーターペン」と名付けられました。特徴的なのは、幼稚園の校庭で使用するシーンです。園庭に絵を描くと子供がたくさん集まって来て、皆楽しげなのが印象的でした。

スタイリングは水を使うことを訴求するため、しずくをモチーフとした形状となっています。今回大切だったのは、幼稚園や小学校での使用を前提としていたため、
「子供達が楽しそうに道具に接する状況をどう形に表現するか」ということでした。このため従来のプロダクトラインとは違う、生き物のようなマンガのような楽しい形を前提として、見る人の視点でいろいろなイメージを連想するデザインとしました。

大事なのは「なんだこれ!?」でした。

もちろん、形状に技術的な意味合いも含まれています。

・水が最後までノズルに集まるように下側を丸くした本体タンク
・狙いをつけて線が引けるように照準として使用でき、立てる際のスタンドにもなるくちばしのような先端部
・両手でしっかりと保持して線を引け、持ち上げる際に水が出てしまわないよう考慮したハンドル形状
・後ろ手に引いて移動する際に、レバーに手がかかっても水が出にくいレバー形状

などです。これらの要素を上記のイメージと融合しています。構造は単純でレバーを握るとロッドを介して止水弁が動き水が出るだけです。技術的・構造的には特別なことはしていません。

「カタチ」から伝えること

よく商品広告などで「スタイリッシュなデザイン」という形容詞を見ますが、これはちょっと変です。そのモノにデザイナーが関わっている以上、スタイリングをそれまで以上によくすること念頭に置いてデザイン作業をしているはずなんですね。

しかし、どうスタイリッシュなのか、時代や受け手によって全く違います。
ファンが多数いるアーティストの作品であれば「これはスタイリッシュである」と決めてしまえば、ファンの間で認知させることが可能かもしれません。が、ファン以外の人にはカッコわるいとしか映りません。

興味のない人にもちゃんと意図が伝わる言葉やビジュアルで表現しなければ、正当な評価もアーティストが本当に訴えたい真意もよくわからなくなってしまう。

作り手、伝える人が耳障りのよい言葉で「スタイリッシュ」などとまとめてはいけないと思います。繰り返しになりますが、技術でもデザインでも、形が成り立っている意味をどのように顧客に伝えていくのか、これからはそれがすごく重要になります。技術仕様に膨大なコストをかけなくても、使うシーンをデザインすれば、感動できる要素が十分にあることがわかっていただけたと思います。

考えた人が自分の意図をお客さんにまでどうにかして届けるために、社内のいろいろな人に助けてもらう。助けてもらったらお客さんからの喜びをみんなと共有する。本当に単純なことなんですが、そんな事が普通になるように、活動していきたいと思います!

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