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木の葉化石7:スズカケノキ属様化石Ettingshausenia cuneifolia

今回紹介するのはスズカケノキ属に似た白亜紀の絶滅属エッティングシャウセニアEttingshausenia cuneifoliaです。残念ながらこれまで紹介したものに比べると保存状態はお世辞にも良いとは言えませんが,私が初めて研究対象とした植物化石ですので,大変思い入れのある植物化石です。


 現代のスズカケノキ(プラタナス)は街路樹として馴染みのある樹木です。名前を知らなくとも誰もが一度は目にしたことのある樹木だろうと思います。その多くはモミジバスズカケノキPlatanus×acerifoliaで,この種は西アジア~ヨーロッパ原産のスズカケノキPlantanus orientalisと,北アメリカ原産のアメリカスズカケノキPlatanus occidentalisを掛け合わせて作られた雑種です。現代の日本列島各地に街路樹としてモミジバスズカケノキ,スズカケノキ,アメリカスズカケノキが利用されていますが,いずれも現代の日本列島には自生しない樹木です。これらスズカケノキの仲間は,本来の自生地では渓畔や河床域で生育し,水に浸かるような場所に生育する一方で,乾燥した土地でもよく生育することが知られています。また,土壌条件にもさほど左右されず,ばい煙にも強く,しかも生長も早いことから,街路樹として相応しい特徴を持っています。ただ,秋口の落葉の時期には大型の葉が風に舞ってあちこちに散乱し,通行する人に邪魔がられてしまいがちで,気の毒にも思うような樹木でもあります・・・。


 さて,現代の日本列島には自生していないスズカケノキの仲間ですが,過去には日本列島で普遍的に生育する樹木の一つでした。ティランノサウルス(ティラノサウルスという表記は正確ではないそうです)やトリケラトプスといった有名な恐竜や,北海道でほぼ全身の骨格が見つかったカムイサウルス(通称ムカワリュウ)が生きていた中生代の白亜紀後期には北半球の広い地域に生育していたことが化石記録から知られています。私が2008年に公表した論文では,約9000万年前の白亜紀後期の地層(蝦夷層群三笠層)から多数見つかったスズカケノキ属様の葉化石について,その化石の産状と地層の様子(岩相)から,この樹木の生育環境が後背湿地のような河畔の環境であったことを示しました。この時代のスズカケノキ属に似た木の葉化石にはエッティングシャウセニアEttingshausenia cuneifoliaという名が与えられており,スズカケノキ属(Platanus)には帰属させていません。とは言え,葉の形態は間違いなくスズカケノキ属に似たものであり,スズカケノキの仲間が恐竜時代の河畔に普遍的に生育していたことは間違いないでしょう。きっと恐竜たちもエッティングシャウセニアを目にしていたのでしょう。

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 画像の木の葉化石はあまり状態が良くないですが,採集された中でも最も状態の良いエッティングシャウセニアの木の葉化石です。基部より少し葉先に入ったところで主脈が3裂し,はしご状の3次脈をもち,しかも大振りで先端が尖った鋸歯を持つことがスズカケノキの仲間の特徴で,特に葉身の基部ではなく,基部よりも少し内側に入ったところで主脈が分かれている特徴は落葉樹ではおそらくスズカケノキの仲間でしか見られないのではないでしょうか。そのような点ではスズカケノキの仲間は同定をする際に根拠を示しやすい分類群であると言えるかもしれませね。

なお,画像の化石の母岩が黒く,削ると鏡肌(スリッケンサイド)が見られる特徴は昔の土(古土壌と呼びます)だったことを示します。エッティングシャウセニアは生育場付近の土の上に葉を落としたのだろうということをこれらの化石が物語っています。これらについてまとめたのが以下の論文です。私の記念すべき学術論文第一号です。

https://www.researchgate.net/publication/232688477_Platanoid_leaves_from_Cenomanian_to_Turonian_Mikasa_Formation_northern_Japan_and_their_mode_of_occurrence

この論文公表にそれに先立ち,日本古生物学会で初めてポスター発表をし,優秀ポスター賞も頂きました(以下のポスター)。今思えばビギナーズラックな部分もあり,古生物学会の先生方からの期待を込めての受賞だったのだろうと思いますが,大変励みになりました。本当に嬉しかったのをよく覚えています。お陰様で今でも研究が続けられております。

古生物学会ポスター

 恐竜がいた白亜紀後期に北半球に広く分布していたスズカケノキの仲間は,続く古第三紀でも石炭を産出するような河川相を示す地層からも産出することが知られています。このように,古第三紀漸新世まで(約2300万年前頃まで)は日本を中心とした東アジアでもスズカケノキの仲間は生育していましたが,続く新第三紀中新世に入ると,確実にスズカケノキの仲間であると考えられる化石の産出が見られなくなります。2300万年前頃まで日本列島に生育していた植物が2300万年の時を経て,ヒトの手により再び日本列島に持ち込まれて街路樹として繁栄するという,面白い運命をもった植物と言えます。

 以下の画像は卒業研究の発表で用いたスライドの一枚ですが,過去には多様な形態の葉をもったスズカケノキの仲間が広く分布していたことがわかります。

卒論発表


 旺盛な繁殖力と適応能力をもつスズカケノキの仲間ですが,なぜ2300万年前ころから日本列島より姿を消したのか,まだまだ謎は残されているようです。

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