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木の葉化石10:ムカシチドリノキAcer subcarpinifolium

しばらくぶりの記事の投稿になります。今回で紹介してきた木の葉化石がようやく10種類目になりますね。
早速ですが,次の画像の化石葉を見て,何の植物かお分かりになるでしょうか?

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植物に詳しい方はカバノキの仲間では?と思ったのではないでしょうか。
植物に詳しくない方も,あぁ,その辺で見るような普通の植物の葉か?くらいに思われたことでしょう。

この化石葉は,現代のチドリノキAcer carpinifoliumによく似た樹木の化石で,およそ1300万年前の北日本を中心に分布したムカシチドリノキAcer subcarpinifoliumという植物です。

生物の学名のしくみをご存じの方はピンときたかと思いますが,この植物の属名(生物の学術上の名称である学名は上の名前+下の名前の二名法で命名することとなっており,上の名前のことを「属名」,下の名前を「種小名」と言います)が「Acer」とあるように,なんとカエデの仲間なのです(カエデ属はAcerと表記します)!

カエデは通常,“手のひら型”であるはずですので,ちょっとカエデとは思えないような見た目ですね。しかし,現代のチドリノキAcer carpinifoliumは,葉身の基部(葉の付け根)をよく見るとかつては手のひら型の葉だった名残と思われるように,5本の葉脈が基部から伸びていることが確認でき,枝から2枚の葉が1対のペアとなって付き(これを対生と呼びます),さらにカエデらしい“飛行機型”(あるいはプロペラ型)の対になった果実をつけることなどから,チドリノキが間違いなくカエデ属Acerに属することがわかります。現代のチドリノキと同じ形態的特徴をもつムカシチドリノキも同じく確実にカエデ属であることがわかります。以下の画像は1300万年前の北海道北部の湖南産のムカシチドリノキの翼果(翼状の果実のこと)の化石です。

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一方で,植物に詳しい方は,これがカバノキ科のシデ属Carpinusではないのか,という疑いの目を向けるかもしれません。しかし,シデ属に比べ,本種の鋸歯はやや切れ込みが深く,葉身の基部が少しだけ細く,すぼまっており,先ほど述べたように基部から5本程度の葉脈が伸びていることからチドリノキをシデ属と区別することができます。また,ルーペ等で葉脈を細かく見てみると,一番細かな最後の葉脈(脈端といいます)が不規則に分岐していることからも明らかにシデ属とは異なることがわかります(ちなみにシデ属の脈端は1本または1回程度の分岐で,不規則とは言えません)。

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さて,現代のチドリノキは,現代の日本列島に固有の植物で,岩手県以南の冷温帯の渓畔林(山の沢筋など湿ったところ)に見られる植物です。現代のチドリノキは,純林を構成し,植生の優占種となることはあまり知られてはいませんが,チドリノキの直接の祖先と考えられるムカシチドリノキは現代のチドリノキとはやや異なった生態を持っていた可能性があります。


初出は私が共同研究者と執筆した2017年の論文で示していますが,ムカシチドリノキは現代のチドリノキと同様に渓畔林の要素ではあったものの,本種が優占種としてかなり目立つような植生を作っていたようです。化石産地によっては,ほぼ本種のみからなる植物化石群もあり,ムカシチドリノキが大変繁茂していたことがうかがえます。
現代の渓畔林はシオジFraxinus platypodaやサワグルミPterocarya rhoifolia,カツラCercidiphyllum japonicumなどが優占種となるのですが,チドリノキに近縁なムカシチドリノキが優占種となることは,現代の植物生態を考えると大変興味深い事実です。

現在私は,ムカシチドリノキの進化史に最も興味をひかれています。ムカシチドリノキは1300万年前以降の,主に北海道と東北地方の植物化石群に多く含まれています。現代の日本列島の冷温帯林の原型は1300万年前の北海道地域の植生であると考えていますが,1300万年前以降の北海道の植物化石群には,ほぼ例外なくムカシチドリノキと,以前紹介したアケボノイヌブナFagus palaeojaponicaを含んでいます。これら2種を特徴的に含む冷温帯林は,化石記録を見る限り,1300万年前から120万年前ころまで北海道に普遍的に認められていました。しかし,その後に到来した氷河期(寒冷で氷床の発達する氷期と比較的温暖な間氷期の繰り返しの時期)のかく乱によってこれらの分類群を含む植生が北海道から姿を消していったのだろう,と推定しています。


ムカシチドリノキがどのように起源し,どのように北海道から姿を姿を消していったのかを詳しく知ることで,現代の日本列島の温帯林につながる古植生の変遷が理解できるのではないかと考えています。

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