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映画配給会社の仕事⑦~あなたが狂おしいほどに愛されることを、私は願っている。

連載<映画配給会社の仕事>
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字幕の初号試写が終わったら、次は「邦題をつける」仕事です。
外国映画を配給するにあたってセンスが問われる以上に一番責任が重い。
タイトルは監督の思いが反映されているものなので、邦題も現題の直訳でいければいいのですが、やはり日本語になるとそぐわなかったり、宣伝を考えたものである必要もあり、そこで配給会社としての表現力が試されることになります。
もちろん好き勝手につけていいわけでなく、監督を含め製作者サイドの了解をとる必要があります。

今回配信パックに入っている『めぐりあう日』のウニー・ルコント監督はクレストにとってとても大切な監督のひとりです。
まずデビュー作の『冬の小鳥』

ウニー 057

フランスと韓国の合作映画である本作の原題は

フランス語では「Une vie toute neuve」  英語は「A BRAND NEW LIFE」= 全く新しい人生。 

韓国で生まれたルコント監督は9歳の時にフランスに養子としてもらわれていくのですが、その体験をもとに、ひとりの少女の新しい人生が始まるまでの哀しみ、葛藤を描いた繊細な作品。

買い付けたのは2009年トロント映画祭。映画祭も終盤に近付いたある日の午後4時過ぎ、もう今日はホテルに戻ってゆっくりしようかしらと思ったものの、後ろめたい気持ちもあって、たまたまちょうど始まる映画の試写に向かったのです。それが「冬の小鳥」でした。
なんの予備知識もなく飛び込んだ試写室で、エンドクレジットが流れる時には私の顔は涙でくしゃくしゃになり、どうしていいかわからないほど心をつかまれていました。
こんな偶然の出会いは後にも先にもこの時だけ。

「冬の小鳥」ジニ枝の中トリミング

それだけ思い入れの強い作品でしたので、すばらしい邦題をつける!と意気込んでいました。ですが、一向にこれだ!というのが出てきません。映画は岩波ホールで上映、当時の宣伝ご担当者のHさんはタイトル・コピーの名人で、本作をとても気に入って下さって早速にいくつか候補も出してくださいました。ですが、どうも決まらない。寝ても覚めても邦題を考える毎日。そしてある日ふと目にした『冬の小鳥』。雷に打たれたがごとく「これだ!」とひらめきましたが、何のことはない、それは名人から最初に提案されていたタイトルだったのです。あまりに思いが強すぎて空回りしていました。

「冬の小鳥」ポスターsmall

製作サイドはオリジナルと大幅に違う邦題に難色を示しましたが、その意図を説明、監督の了解を得ることができました。 だいぶ遠回りしたものの、これ以上の邦題はなかったと思われる名タイトルに心から感謝しています。

続いて二作目のめぐりあう日』。原題は「あなたが狂おしいほどに愛されることを、私は願っている」。

フランスの作家アンドレ・ブルトンの「狂気の愛」の最終章として娘に宛てた手紙の最後の一文です。 ルコント監督は初めて読んだ20代のころから、出自にとらわれていた自分を救ってくれた言葉として大切にしてきたと言います。当然これをそのまま邦題にすべきところですが、しかし、これではとても難解な映画に見えて敬遠されるのではないか。  悩みに悩みました。
フランスには望まない形で妊娠した場合、生まれた子供をすぐに養子に出す匿名出産制度というのがあります。映画の主人公はこの匿名出産で生まれ、大人になって母親の手がかりがある港町ダンケルクに移り住み、運命の糸に手繰り寄せられていくという感動的なストーリーです。
申し訳ないことに原題をそのままに使うことはできませんでしたが、この一文から着想した宣伝コピーをつけました。

ポスター「めぐりあう日」

「あなたの誕生に何一つ偶然はない。」

これは監督への心からのエールのつもりでした。
また、『冬の小鳥』『めぐり合う日』の成功で媒体に登場する機会が増えたルコント監督は実の父母との再会を果たしたことも最後に記しておきたいと思います。

こちらも岩波ホールでの上映。監督は養子をテーマに三部作をつくると言っていますので、三作目の完成を待ち続けたいと思います。
次回はようやく宣伝のお話についてです。

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