映画配給会社の仕事②~新緑のカンヌ、クロワゼット通りの幸せな出会い
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さて、今回は映画の買い付けのお話です。
1963年のカンヌ国際映画祭でグランプリ(当時の最高賞)に輝いたルキノ・ヴィスコンティの「山猫」。弊社のような弱小配給会社がこの作品のデジタルリマスター版を買い付けできたのは僥倖以外の何ものでもありません。買い付けたのは2003年のカンヌ国際映画祭、新緑が眩しい5月です。カンヌの目ぬき通りであるクロワゼット通り周辺に世界各国のセールス会社が映画祭期間中の臨時事務所を構えます。大手会社はメイン会場近くの高級ホテル、中小の会社はクロワゼット通りに面した瀟洒なアパートから路地裏などの小さなアパートなど様々です。当時はグーグルマップなんてありませんから、住所と地図を片手にうろうろ事務所を探したものです。
ある会社は毎年クロワゼット通りの端、地中海を一望できるちょっと離れたアパートの一室を事務所としていました。忙しいスケジュールの中、後回しにしたくなるような遠い場所でしたが、それも厭わず訪れるのは、私のお気に入りのセールス担当の女性がいるから。その会社はメジャースタジオの代理店として旧作映画のセールスを任されており、新作を扱っていないせいかいつでものんびりムード。イギリス人独特の辛辣なユーモアを持つ彼女と話しているとカンヌの喧騒を一時でも忘れることができました。
彼女と知り合って10年以上になるのに一度も仕事をしたことがなく、その年も雑談を楽しみに行ってみると、壁に古ぼけた「山猫」のポスターが貼ってあるではないですか! 驚く私にさらりと「リマスター版ができたので、我が社で日本の権利も扱えることになった」と。
ああ、今年もめげずにこんな遠くまで来てよかったと思った瞬間です。ルキノ・ヴィスコンティを敬愛する私は、すぐに購入したいとオファー(金額提示)を入れます。他社からもオファーが殺到するかと思いきや、なぜかすんなりと交渉は成立。長い雑談だけの年月を経て、初めての契約となったのです。
その後、「山猫」は5回契約更新もしてきました。ほかの会社からオファーがあっても彼女はずっと誠実に弊社との更新を優先するよう取り計らってくれました。
そして、2018年、その会社は大手企業に吸収され、彼女もリストラの憂き目に。非情な世界です……そして当然弊社も契約更新はあきらめざる得なくなり、昨年3月最後の劇場上映をいたしました。
幸せな買い付け。それは作品との出会いだけでなく人間との関係でもあるのですね。