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ある男の手記、あるいは遺言状

お題:午時葵
とある記者の命がけの正義の物語


 スクープを掴んだ。前からきな臭い政治家だとは思っていたが、前の戦争を手動した政治家の親戚筋らしい。親戚筋だからって戦争をするなんて馬鹿げたことだと思っていた一週間前が羨ましいくらいだ。
 政界のドンと言える人間が何を世迷言を言っているのだろうと思う。正直なところ。今年で八十だったか、良くまぁそこまでご健康でいられるものだ。食ってるもんが良いのかもな。国民から吸い取った金でブクブク太りやがる。
 問題は、このドンだけじゃない。今人気の若い政治家は、祖父には逆らえないらしい。この祖父ってのが、前の戦争の糸を引いていたらしい。父親も祖父に逆らえていなかったが、その息子までダメだったとは。
 選挙のときゃきれいごとを並べていたお口はお飾りなのか、祖父を前にした瞬間、首振り人形だ。唯々諾々、唯々諾々、あそこまで自分の意見がないのは、ある意味幸せかもな。
 今の所、貴族の大半は戦争開始に関しては反対しているらしいが、今やどの貴族も政治どころじゃないんだろう。土地を持ってるといっても、そこから上がってくる利益のほとんどは税金で持っていかれてる。裕福な貴族は、大抵政治以外で稼いでいる奴らだ。
 権力も財力もない貴族どもはさっさと追い出して、まだ影響力のある奴らは取り込むか、適当に罪をおっ被せて、牢獄行きにするんだろう。二十年前と何も変わらなかったんだな、この国は。
 どうせ、多くの貴族は互いの顔色伺いながら、いつの間にか戦争万歳に寝返るんだ。使えやしねぇ。
 政治以外で稼いでる貴族に心当たりはあるが、あの家は現状沈黙だ。一体いつ動き出すか分からない。当分はこの貴族の取材やらを隠れ蓑にするつもりだ。
 現当主の弟、と言っても結構な年になっているはずだが、彼をパイプにするだけで多くの情報が出てくるだろう。これについては楽しみにしている。
 そうそう、僕の天使の誕生日が近くなってきた。去年は花束だったけど枯れるのが悲しいと言っていたから今年は鉢植えにした。シスタスの花は白と紫の花が咲くらしい。
 僕の天使によく似あうと思う。丁度花が咲くくらいで渡したいからゆっくりと面倒を見ることにしよう。
 舞台上で輝くあの子には、少し質素なものかもしれないけどきっとあの子は喜んでくれるだろう。来週、ウチに来てくれるらしい。ずっと公演が続いているから、体に優しい食事を作ろうか、体力が付く食事を作ろうか、今から迷ってしまうな。
 明日は、今日調べた内容の裏付けを始める。一介の新聞記者と侮ってくるだろう。そこを狙ってやる。政治は人民の手にあるべきだ。


 今日は、嫌な日だ。だが良い収穫は出来たと思う、いや思いたい。僕の記事は国政に影響する。でなければストップなどかかるものか。絶対に記事にしてやる。
 酒場で飲んだくれてるターゲットに話しかけたらスイスイしゃべってくれたもんだ。酒で口が軽くなる奴は政治家には向かないんだな。
 だが、彼はあのドンの甥御だったはずだ。つまり、若い政治家の父親だ。小さい酒場で写真片手に酒の飲む姿は哀愁を漂わせていた。彼の事を調べていた知り合いがいたはずだ。今度、連絡を取ってみよう。ああ、でもあの知り合いはダメかもしれないな。記事の事を話したら、何も教えてくれないだろう。
『彼は被害者であって、加害者ではない。それに、戦災復興に一番尽力している政治家は彼だ』と以前、声高に話していた。もはや信者の域だろう。ぶっ飛んだ奴には関わるな、何をしでかすか分からないからな。
 十中八九、来年には戦争が始まる。プロパガンダと思われるものも始まっている。ゆっくり、ゆっくり国民は洗脳されていくだろう。
 今回の戦争では、一体どれだけの学生を牢獄に入れ、何人の思想家・学者を処刑するつもりだろう。洗脳をされてはいけない、疑問を持て、それが僕たちの仕事だ。
 今回の戦争は、隣国の戦争賠償金の支払いが滞っていることをやり玉に挙げる気らしい。賠償金を支払わないで、兵器を作るとは何事か、と詰め寄るのだ。
 隣国の賠償金支払いが滞りがちなのは事実だ。だか、あの国は冷害や自然災害で困窮している、支払い能力があるのかすら怪しい。
 その状態で、兵器なんて作れるものか。少なくとも、僕の知り合い関係では関係する情報がなかったようだ。まぁ、実際に作っている、作っていないは関係ない。作っているように思われた方が悪いんだから。
 めちゃくちゃだ。だからこそ、僕らは戦わなくてはいけない。

 ここまでの情報が集まって来てるのに嫌な日なのは、学生時代の知人に呼び出されたからだ。忘れたら困るから書き残しておこう。
 彼女は今、内政に関わる仕事をしていたはずだ。特に税金関係。金の動きはよく知っているだろう。
 唐突に会社に来たと思ったら、今から時間をくれと言われた。渋ると、きつい声で今すぐというものだから、上司まで怖気づいていた。
 近くのカフェに行けば、鞄の中から札束の入った封筒を取り出した。この金で、今書いている記事から手を引けという。当然、引かないし絶対に記事にすると答えた。すると、深いため息をついたかと思えば、僕が既にマークされていて、監視対象になったという。正直な感想としては、「随分早いな」だ。一介の新聞記者ができるのは精々新聞の記事一つ上げるだけだ。それだって、民衆の興味を引くような他の話題を表に出せば、その記事が注目を浴びることもないはずなのに、だ。
 彼女は僕の恋人の事を知っていた。最近どうだと聞かれたから、元気にやっていると答える。ふっと笑ったかと思えば、その恋人に被害が出る前に引けと、残り台詞の吐いて出て行った。
 ただの脅迫じゃないか。僕には親がいないから、きっと脅迫できる対象が恋人しかいないんだろう。あの子がもっと舞台で輝けるように手伝いたいんだ。だから、あの子に迷惑をかけないようにしなければ。


 今日で、何日目だろう。毎日、毎日、飽きもせず脅迫状が届いている。それに人に見られているように感じる。
 部屋の中でも人の視線を感じる。気味が悪くなって、閉じていたカーテンをバッと開けたら数人、バタバタを走っていった。
 監視されている。部屋の中にも入りこんでいるのかもしれない。そう思うと、本の傾き一つすら気掛かりになってくる。
 今朝、僕はここに本を置いただろうか? 僕のテーブルの上に封筒を置いていただろうか? そうやって全部が全部、疑わしくなる。
 でも、まだ大丈夫だ。僕はまだ戦える。あの子がいて、一人の命を対価にした情報を持ってるんだから。
 ここ最近は、貴重品全てを持ち歩いている状態だ。鞄は重くなったが、いつ何時部屋に押し入れられるか変わらないのだから、逆に安心だ。最悪、この鞄だけもって逃げればいい。
 以前インタビューした神父なんて着の身着のままに山中を逃げ回っていたらしいじゃないか。大丈夫だ。ああ、でも、あの神父はどうなるのだろう。もう戦争には巻き込まれたくないと言っていた。亡くなったという話も聞いていないから存命なのだろう。
 シスタスの花は会社のデスクに持ち込んだ。家にあるよりは安全だろう。固く結んだつぼみは少しずつ柔らかくなってきている気がする。
 ああ、あの子に会いたい。あの子はシスタスなんだ。可憐で強かで、人の注目を集めては人気になる。スポットライトが当たる場所にあの子がいる。
 この間、路上であって話をしたときは顔色が悪かった。大丈夫だと言い続けていたが心配だ。僕の手を握って、絶対に負けるなと鼓舞してくれた。きっとあの子の言葉がなかったら、僕はもう白旗を上げているだろう。愛してる。

 ついに、政府は戦争する意向を固めたらしい。先日、貴族が一人辺鄙な場所に隠居したという話を聞いたが、これ関係なのだろう。
 ドンの甥御にあった酒場に一昨日立ち寄った。甥の彼はいなかったが、酒場の親父が封筒を預かっていてくれたのだ。
 封筒の中身は、政府の重要書類を書き写したものだ。綺麗な字で書かれている。親父が気を聞かせて、店の奥、物置のような所に隠れさせてくれたのだ。そこで書類を一枚一枚確認した。最後の一枚は、悲しくなるものだったが。
 古びた写真一枚、おそらくこの酒場だろう。親父がもっと若い顔で隅に写っている。写真の中央に写っているのは将校たちだろう。十数人はいるだろうか。酒瓶片手に笑っている。あの甥の彼も。
 この写真片手に酒を飲んでいた。そして、彼はこの写真を手放した。きっと数日以内に彼の遺体が川から上がる。この書類を僕に渡すためだけに命を懸けたんだ。
 ああ、応とも。僕だって命を懸けてやる。
 情報を頭に叩き込んだ。実力行使に出るころだろうと予測は付いていた。彼らが奪いたいのは情報を集めたこの手帳だろう。だったら、手帳がなくともいいように頭に叩き込んでしまえばいい。記憶力には自信があるんだ。
 書類は物置の隅に隠させてもらった。

 会社の昼休憩から戻った時、上司から呼び出された。ついに会社に圧力がかかったらしい。同期の奴に目配せするとカメラの準備を始めた。カメラの準備が終わるまでゆっくりと煙草をふかす。これば最後の煙草になるのかもしれないな。
 カメラのセットが終わったという合図を同期の奴から受けて、灰皿に煙草を押し付けた。
「遅いぞ、人が呼んだらすぐに来い」
「はは、すいません。外回りから帰ったばかりで少し落ち着きたかったものですから、それでなんかありましたか? 」
「今、お前が追っている内容はなんだ? 」
「聞いて下さいよ、ビックニュースですよ。これがリーク出来たら大手新聞社なんて目じゃないです、政府にも一泡食わせられるもんですよ、もうほとん」
「その記事から今すぐ手を引け」
 ほら、来た
「何でです? 編集長、まさか日和ったとは言わないですよね? うちは政府だろうが、どっかの業界の偉い人だろうがおもねらず、真実を伝えるのがモットーでしょう、それをアンタが破るんですか! 」
 フロア全体に聞こえる声で言ってみる。数人、手を止めたのが分かる。
 編集長は椅子から立ち上がり、場所を変えよう、と隣の会議室のドアを開けた。
 バタンと音を立ててドアが閉まったことを確認した編集長は、頭を抱えて会議室の椅子に座った。
「今回の戦争では、前回の比じゃない金が動く。研究所が古くから手を付けている兵器も出すそうだ。そんな大きな場を安易に壊すわけにはいかないんだ」
「アンタ、金もらったな。政府の高官か? それとも貴族? 前、ギャンブルで借金作ったって言ってが、その借金はどこに行った? はっ、軽蔑するぜ編集長、アンタの下だからって戦ってきた奴らだっているんだぜ! 」
 近くにあった机を蹴りつける。怯えて体を震わせる。さっさと吐いてくれ、アンタを脅した奴の名前さえわかればそれでいいんだ。
「俺には、お前たちの雇用を守る義務がある。人々により正確な情報を伝える義務がある。家族の生活を守る義務がある。お前が手を引くだけで、この会社もお前の身の回りも救われるんだ。頼む、手を引いてくれ」
 床に膝をついて、両腕を広げる。静かに涙を流す編集長がいる。汚職事件の際に、貴族の邸宅に押し入っていった男が、政府に屈した。その姿を見たくなくて、目を逸らした。
「なぁ、なんでアンタが負けたんだよ。僕らはアンタのいっそ暴力的な程の正義感の許に集まったんだ、それがどうして」
「人民よりも金が大事な連中から、人命を守るためだ。今ここで戦争を止めても、遠からず何かを切っ掛けにして虐殺が起きる」
 立ち上がった編集長が僕の肩にそっと手を添える。
「お前がいつも取材用に持ち歩いている手帳を渡してくれるな」
 懐から手帳を出して、渡す。
「ありがとう、これで国防長官殿も安心するだろう」
 残念、全ての情報は僕の頭の中だ。


 昨日の夜、町中に政府の目論見を暴露するポスターを張った。印刷や貼り付けまで手伝ってくれた同期や協賛してくれた同士達に感謝の念は尽きない。
 今朝から町中は大騒ぎだろう。悪戯にしては手が込んでいて悪質なのだ。ざわめく民衆に対して国防長官殿はどんな対応をするだろうか。
 同期の奴らには普段通りに会社に出てもらった。昨日の今日で欠勤した僕に疑いは向くだろう。僕だけに疑いが向いてくれれば安心だ。きっと僕は、明日死ぬだろう。いや、今日かもしれない。
 昨日の夜の内に、恋人には手紙を出した。『愛している、さようなら』とだけ書いた手紙だ。察しのいいあの子なら気付くだろう。ああ、でも僕のことは忘れて幸せになって欲しい。あの子は幸せになるべき子だ。敬虔な信者なのだから、きっと大丈夫だ。
 ああ、でも同期の奴に頼むことを忘れてしまったことがある。この日記は取られなかったから、ここに書き残そう。これを見た人にお願いしたいことが三つある。きっとこの手帳を見つけるのは僕を殺しに来た奴か、僕を心配した隣人か、大家さんだろう。
 1つ、会社に置いて来てしまったシスタスの鉢を恋人に届けて欲しい。僕の恋人のことは同期の奴ら全員が知っているから。
1つ、どうか戦争は止めてくれ、僕は孤児だ。両親も兄弟も前の戦争で死んだ。あんな思いはしたくない。
1つ、この日記帳はどこかの出版社か新聞社の前に捨ててくれ
 どうか、よろしく頼む、良き隣人よ。

「おい、ちゃんと死んだか? 」
「ああ、心臓と頭それぞれ一か所ずつ、穴開けといたから確実に、な」
「そりゃ良かった」
「そのノートはどうする? 殺せとは言われたが、何か回収しろとは言われてないよな」
「こんなもの、この建物ごと燃やせ。全く、殺されるのが分かってんならどっかの国まで逃げれば良かったのにな」


ニーレンベルギアシリーズ11作目
午時葵の花言葉には「私は明日死ぬだろう」というものがあります。
正義のために戦い、正義のために死んだ。彼はレジスタンスでした。


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