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環境から整えるタイプ

実家を取り壊して新しく二世帯住宅を建て母と住むことになったんですが、昨年の今頃はまだプランも練れていなかったことを考えると、「激動の1年だった」とものすごく感慨深く、心底「頑張ったな〜」と思います。

次から次へとやることづくしで、自分のこと以外のやることが山ほどあったので、いつもの2〜3倍は動いていたような気がします。
新居へ移ってからもやることづくしなのは変わりませんが、前ほど忙しくはないですし、何よりも居住空間が今までと全く違い、すこぶる快適に過ごせていることが自身の癒しへとつながっていることから疲れ方が違うんですね。
こんなにも違うものかと自分でも驚いています。

昔から、何をするにもまずは環境を心地良くすることからはじめないとモチベーションが上がらなかったので、やらなきゃいけない作業は後回しになっていたわけです。周りからは「そんなのはただの言い訳だ。やる気があれば関係ない」などと言われたりして、やる気を出すための方法だというのを理解してもらえませんでした。
仕事でも勉強でも「集中できる環境」とか「リラックスできる雰囲気」は重要で、静かだからリラックスできるとは限らないし、ざわついている方が集中できるとか、人それぞれ「心地良さ」には違いがあります。
集中する方法も違えば、モチベーションを上げるやり方も違うわけです。

子どもの頃、柔軟性に乏しく押し付けがましい大人が周りにいると本当に面倒で、「放っておいてくれ」と心の中でつぶやいていたのを思い出します。
そんな時、母はワタシを自由にさせてくれました。
うだうだやっていても、ダラダラのんびりしていても、急かすことなく見守ってくれていましたね。
子どもでも大人でも、人のやることに他人が口出しするもんじゃありません。
結果その人が何も出来ないで終わろうと、余計なことをしていようと「こっちが正しい」なんていう正解はないんですよ。
迷惑をかけるようなことなら別ですがね。

自分でコレがベストなやり方だとわかっているのなら、それをやればいいわけで、それを人になんと言われようと気にしなければいいわけです。
ワタシは子どもの頃に「気にしない」というクセがついたので、人に何を言われようともヘッチャラですが、こうなれたのは家族や身近な人に「理解してくれる人物がいたから」だと思っています。
これは本当に大きいですね。

今のワタシの周りには理解者ばかりで、環境としては最高に恵まれています。
環境を整えるということは、心を整えることに繋がるんですよ。
「物を減らすと心もスッキリする」と言われているように、環境を整えることからやろうとするのは理にかなっていると思うわけです。

ってことで、心がわちゃわちゃしてたら絵は描けませんから、絵の制作はまだまだ先です。

寝室はだいぶ整ってきましたが、今月いっぱいはかかりそうですね。
気になることをまずは片付けて、気持ち的にスッキリしたいと思います。

みなさまのご支援に感謝します。