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「東京復興ならず」を読んで

 新型コロナによって電車に乗って出かけることが極端に少なくなり、久しぶりに訪れた町の様相が一変していることに驚かされることが多い。新しい建造物が出現しているが、そこにもとあったはずの建物が何だったのかを思い出せない・・・。そんな経験をしていただけに、ある方に薦められて手に取ったこの一冊の面白さに引き込まれて一気に読んでしまった。


 著者は吉見俊哉氏。社会学、都市論などを専門とする東京大学の副学長だ。第二次大戦後、戦時国家から文化国家への転換が企図されたが、経済成長に舵を切り、その後の東京五輪やバブル景気による再開発によって文化が破壊されて行く東京の姿を豊富なデータで検証する。「より大きく、より早く、より高く、より強く、より新しく、直線的に」。その潮流の主役を担った建築家として、都庁を設計した丹下健三が登場する。

 特に、東京オリンピックに伴う再開発によって、路面電車が一気に撤去されて自動車にとって代わられ、河川を高速道路が覆って行くくだりが胸に刺さる。5つの路面電車が撤去される前日の71年3月30日の朝日新聞・天声人語にはこういう一節がある。

 そして、ちんちん電車が消えはじめて町は悪くなった。行儀わるくなり、ひからびていった。

 私は1960年代はじめから東京に住みはじめ、現在の住まいは都庁から徒歩圏内にある。バブルの時代に入社した会社のビルは丹下健三が設計したものだった。それも間もなく撤去されようとしている。「より大きく、より早く、より高く、より強く、より新しく、より直線的に」が、当たり前の社会人時代を生きて来た。当たり前のように住み続けた東京には、かつて破壊され、撤去され、覆われてしまった大切なものがあったことを、この本によって気づかされる。知らなかったのではない。それらを私は確かに見ていたのだが、無くなってしまうと、そこにあったことさえ忘れてしまっているのだ。

 そして、考えさせられるのが「日本人とは何か」。それは「無かったことにする」ことが際立って得意な?民族ではないか、ということだ。それは「復興」に対する認識にも表れていることを吉見氏は指摘する。本来は「一度衰えたものが再び盛んになること」を意味するはずが、なぜか「以前よりも、もっと良くなる」にすり替えられていった、という。最近、イタリアのミラノに住まわれた方の話を聞いたが、数百年前に建てられたアパートが多く残り、そこに当たり前のように人々が住んでいるという。古くからあるものを大事に使うことの方に価値がある、という価値観がそこにはある。同じように第二次大戦で敗れ、経済成長に舵を切り文化を破壊した日本と、文化を町の生活空間に残したイタリアの違いは、どこにあるのだろうか。

「東京復興ならず」を著者は、こう締めくくっている。

しかし東京は、そのように繰り返された破壊で生じた焼け野原のなかに、今も、無数の過去の記憶や遺産、歴史的痕跡を残し続けている。東京復興の可能性は、まだら模様に残っているこの過去へのつながりを「復興」させることにある。

 吉見氏には、「東京裏返し 社会学的街歩きガイド」という著書があることを知った。この本を頼りに、東京復興の可能性を歩いてたどってみようと思う。

#東京 #吉見俊哉  






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