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コントラスト②
あの日も気温が高く滅茶苦茶な夏の気候が猛威を振るっていた。付き合って間もないあの頃は咲喜への理解も浅く何の注意も払っていなかったのが失敗だった。出店を流し見ながらふらついていたところで少し後ろを歩いていた咲喜の方へ振り返るとそこに咲喜の姿はなく混雑した人並みだけがうねるように流れているだけだった。
彼女の自由気ままな性格をよく知っていたらなぁと今になって思う。
当然そんな混雑の中から彼女を探し出すのは容易ではない。電話には出ないしメールの返事もなかった。5分か10分、探していたのはきっとそれくらいの時間だったと思うけれど体感的にはそれ以上だった。
とりあえず最初の待ち合わせ場所に戻って銅像の下にあるベンチに腰掛けて一息つくことにした。さすがに周りに待ち合わせをしている人影もなくて、ここで一人座っているのは端から見たら寂しく映っているのではないだろうか。
もう一度電話を掛けようと携帯を耳に当てながら辺りを見渡していると出店の人だかりに見覚えのある浴衣が見えた。誠はそこで大きなため息をつくと小走りで咲喜の元へと近づいていき後ろから咲喜の両頬をペチンとはさんだ。滑らかで柔らかい肌が汗でほんのちょっと湿っている。
「電話に出なさい。メールを見なさい」
誠は咲喜の後頭部に向けて淡々と注意を飛ばした。
「ごめん。これ買おうと思ってちょっと離れたらはぐれちゃった。それで近くを少し探してたら金魚すくいやってて、それを眺めてたら連絡に気がつきませんでした。すいません」
歪んだ唇からぐにゃぐにゃした声が申し訳なそうに漏れている。手に提げているビニールの中には焼きそばが入っていた。両手を頬から離すと咲喜はくるっとこちらに振り返った。
「でも見て大きいでしょ」
そこには袋の中で泳ぐ大きめの金魚がいた。申し訳なさそうにしながらもしっかりと掬っていた事実が少し可笑しかった。初めは呆れていたけれど、子供達ばかりの中でも一人楽しむ精神の太さはむしろ学びたいくらいだなと思った。やや身長高めな彼女がここにいたらそこそこ目立っただろうなと屋台へ目を向けると愛想の悪そうなおじさんが少年に金魚を手渡していた。
「でも掬ったはいいけど家に魚の餌とか無かった気がするなぁ」
そう言うと手ぶらで屋台を離れていこうとした少女に駆け寄ってい行って咲喜が笑顔で何か語りかけると少女が恥ずかしいそうに頷いて金魚を受け取ると小走りで去っていった。
「金魚あげたんだ」
「うん。私は掬って満足してたから。ちっちゃいやつだって掬うの随分苦労するんだから、あんな大物は中々獲れないよ」
誇らしそうな咲喜の話を聞いて誠は自分が今まで金魚すくいを一度もやったことが無いということを思い出したかのように気が付いた。誠はハンカチで汗を拭うと咲喜の手を握ってゆっくり歩き始める。誠は握った手の感触をいつまでも忘れないような気がしてあれほど大きかった太鼓や笛の音も今はあまり気にならなかった。
屋台通りを流していると懐かしさのある甘い香りが漂って来た。
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