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コントラスト12

 「電話に出られなくてごめん。私誠に会ってない間に色々考えてたんだ。それで思ったんだけど、私たちがこれ以上一緒にいるとお互いに苦しくなっていくだけなんじゃないかなって思ったの。急にこんなこと言ってごめんね」

  誠は自分が普段どんな風に呼吸をしていたのかが分からなくなって息が苦しくなった。しばらく画面から目を離せずにいた誠は簡潔な文章を中々理解出来ずにいた。返信する言葉が頭の中から出て来ないまま時間だけが過ぎていった。1時間経った頃に誠は返信画面を開いた。

 「咲喜がそう思ったのはこの前の僕の態度が原因だと思う。本当にごめん。でもあれから僕も頑張ったんだ。それで今度一つの企業と面談することになったんだよ。僕も少しずつ咲喜の足並みに合わせることが出来るようになってきたんだ。だからきっとお互いが苦しめ合うことが続いていったりなんかしないから大丈夫だよ」

 誠は慎重に送信ボタンを押した。自分の手から大切なものがこぼれ落ちる時にその価値に気がつく、こんなことこれまでの人生で何回も繰り返してきた。それなのに今また同じことを繰り返そうとしていた。

 「誠おめでとう。以前の誠を知ってるからこそ本当に頑張ったんだなって思う。やっぱり誠はやれば出来るんだよ。でもね私が思ったのはこの間のことだけじゃなくて、むしろあの時のことはただのきっかけだったんだと思う。きっと仕事が始まればものすごく忙しくなって大変で余裕もなくなると思う。そうなった時にまた何かあったら冷静に考えられる自信が無いし、それはお互いそうだと思う。そう考えたらこの先を上手くやっていける自信も想像も出来なくなった。ごめん」

 誠の期待や希望は縮んでいって額に冷たい汗が張り付いていた。強張っていた顔の筋肉も今は脱力しきっている。藁にすがるような思いが言葉になって返信画面を埋めていった。

 「頑張ったらきっとなんとかなるよ。今の僕だって頑張った結果はじめより良い未来を築くことが出来たんだから。不安もあるけどさ、それでこれからの未来を悲観的に決めなつけなくてもいいんじゃないかな」

 なりふり構わずに打った言葉を送る。咲喜からの返事はすぐに返って来た。

「私は私で、誠は誠で。そうした方がいいじゃないかって本気で考えた時にね、なんかしっくり来ちゃったんだ。そしたら段々誠の事を大切にしていける自信が無くなってきて、それよりも大変な時にこういう苦しみをまた抱えたりすることの方が嫌だな思うようになったの。だからごめん」

 咲喜の意志はハッキリとしていた。 

 大切なものもこんなに簡単にほんの少しのほころびで崩れる時は簡単に崩れてしまう。困難が多い時ほど寄り添って思いやる必要があったのに、誠は離した手を再び掴もうともしていなかった。もう一度手を伸ばした時にはそれはもうすでに届かない場所まで遠ざかってしまっていたのだ。

 誠はこの咲喜の言葉に返答することが出来ずに、それを放り出しままショートした機械のように眠りについてしまった。

 翌日になって目を覚ますとだるい体をなんとか起き上げた。夢の中に留まれずに現実に引きずり出された誠は携帯の画面で時刻の確認をした。そこに咲喜からのメッセージが一通届いていた。何かの間違いかとも思ったが、誠は急いでそれを開いた。

 「最後に誠に渡したいものがあるんだ。口だと上手く伝えられそうにないからさ。出来たら駅前のいつもの場所に来て欲しいんだけど、空いてる日あるかな」

 最後、といつも、という言葉がやけに目立って見えた。

 「今日の夜なら空いてるよ」

 誠はどうせなら最後まで振り回されようと思い、自分勝手な提案に早速応えた。

 「ありがとう。そしたら今日の夜9時に駅前に来て。最後に一方的なワガママ言ってごめん」

 「いや大丈夫。今夜の9時に駅前に行けばいいんだね。分かった」

 事務連絡のようなやり取りが途絶えると誠は洗面所に向かって歯を磨いた。鏡に映った自分の顔は皮肉にも血色が良くて、目だけが曇って見えた。いつもより念入りに磨いた所為か歯茎から血が出てしまったようで吐き出した泡には血が混じっていた。

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