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駅の出口にて

一年を締めくくる最後の一月も終わりが近づいた24日の夜。変わらない日常を過ごした男は終電間近の電車にしばらく揺られてから閑散とした駅に降りる。電子音がよく響く改札を抜けるとスペースを持て余したがらんどうの階段を靴の底で叩きながら下っていく。

人気のない駅の前には夜を謳うイルミネーションが灯っていて、空回りした華やかさは一人の夜によく似合っていた。駅の出口には派手なベンチコートを羽織った女性がポケットテッシュを握って立っている。

コートには近くのカラオケ店の名前が入っていた。音を立てて吹き抜ける風は肩まで伸びた髪を激しく乱している。

男はその女性を避けるようにして横を急いで通り過ぎて行こうとする。差し出されたポケットティッシュを無視してすれ違った男の視界の端には、伸ばされた女性の手が力なく降ろされいくのが映っていた。

女性は男が去っていくのを確認すると、駅の階段に体を向き直して小さなカイロで手を温めながら再び空っぽな駅を眺めていた。

男はしばらく歩いて自販機の前を通り過ぎると、そこで足を止めて後ろを振り返った。男は帰らない人を待つような女性の後ろ姿をジッと見つめる。

それから男は少し戻って自販機の明かりの前に立つと「あったか〜い」と書かれたボタンを押して小さなボトルのお茶を買った。

何てことのないことがどうしようもなく寂しく感じるこんな日だから、いたずらに幸せが欲しくなる。

それも叶わない冷たい夜はせめて誰かに少しの優しさだけでも届けることにしよう。

一段と寒く感じるこんな夜は些細なことがきっといつもより暖かい。

特別な夜の隅っこで一夜限りの火が灯る。

男はそのまま歩みを戻して駅へと進むと、つまらない仕事に勤しむ女性の肩を叩いて温められたお茶を差し出した。

「お仕事頑張ってください」

280mlの温もりを手渡した男はティッシュを受け取って、眠りにつくだけの家へと帰っていく。

「えッ!あ、ありがとうございます」

そう言ってパッと開いた驚き混じりの笑顔はロータリーを照らす寂しいイルミネーションよりもずっと暖かい光を灯していた。

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