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コントラスト⑦

 咲喜にメールを一通送ろうかとも思ったけれど手が空くのはまだ先のことだろうからと画面を閉じて携帯をスウェットのポケットにしまった。四畳半ほどの狭い部屋を出て遅い朝食を摂りにリビングへ向かう。キッチンに入るとお湯を沸かしてカップラーメンの封を開けて沸騰するのを待った。ヤカンから蒸気を上げる音が聞こえてきたところで火を止めて熱湯を注いだ。

 カップラーメンの容器をテーブルに置いてソファーに腰掛ける。座面がへたっているせいで身体が沈んでしまう、全体の色も昔はもっと明るい白だったけれど今は随分とくすんでしまっている。

 容器を手にとって麺をすするとその音が部屋の中によく響いた。テーブルの上にはリモコンと積み上げられた本が置いてある。それを見て誠は返却期間近であったことを思い出した。

 「今日行っとくかぁ」

 夕方にはアルバイトが控えていたこともあって、それまでの間しか空いていなかった。スープを飲み干して簡単な朝食をすませると二階に上がって部屋着から着替えて借りた本をまとめて家を出た。

 外は日差しの強さと地面からの照り返しで煮えるような暑さになっていた。頭皮から汗が溢れて髪の毛の隙間を通って流れてくる。次第に全身の毛穴から汗が滲むのを感じていた。真夏の日差しは容赦なく照らし続けている。図書館へと続く一本道のその先が湯気が立つように揺れていた。

 図書館の中は驚くほど涼しくて一気に全身の強張りが解かれるようだった。館内の時計が正午を指している。受付のカウンターに本を持って行き手続きを済ませる。4冊の短編小説を返却した。そのあと館内を少しうろつきながら携帯の画面を開くと咲喜からの着信履歴があった。猛暑との戦いで気が付かなかったようだった。とりあえず誠は図書館を出て咲喜に折り返しの電話を掛けた。

 「もしもし」

 「もしもし咲喜。どうかした?」

 「ちょうどさっきボランティアが終わったところだったから、誠も休みだったしなんとなく電話してみようかなと思って」

 「意外と早かったね。で、ボランティアはどうだった」

 「楽しかったよ。一人の女の子にお姉ちゃんの教え方分かりやすいって言ってもらえて頑張った甲斐あったなぁって感じ」

 電話越しに聞こえる咲喜の声は弾んでいた。

 「おっ良かったじゃん。子供があえて口にするんだから本当にそう思ったんだろうね。いい経験だったんじゃない」

 「うん。やって良かった。誠もさ何かボランティアとかやってみたら。そこで面白いもの見つかったりするかもよ」

 「ボランティアねぇ。うんまぁ考えとくよ」

 「もうそれ絶対やらないじゃん」

 「いや見るだけ見てみるよ。やりたいものが見つかるかなんて分かんないけどね」

 「気持ちに問題ありな気がする。誠にも夢中になれるもの見つけて欲しいって思ってるんだからね」

 その優しさはこの時の誠にとって鬱陶しさでしかなかった。

 「はいはい。分かったよ、ありがとう」

 電話を切ると相変わらずセミの声が騒がしくてうるさかった。何もしなくても歳は積み重ねられて年老いていくけど、心は体の成長のように順序良く大人にはなっていかない。自分の中で流れる時間とその外で流れる時間の流れにズレが出来ていてものすごいスピードで取り残されて行っているような気がしていた。

 ”いつまでも子供じゃいられない”子供の頃から嫌いだったこの言葉が誠の前に現実味を帯びて待ち構えている。空は突き抜けるように晴れていて眩しいくらい青かった。誠は雨でも良かったのになと思いながら家へと引き返す。

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