見出し画像

黒歴史を持たない人はいるか

YESかNOの単純な問いですが、答えはわかりません。わからないからこそ考えたくなるし、書きたくなります。

黒歴史とは

いまさらですが、念のため。ここではこちらの定義を採用しておきます。

「自分自身の他人に触れられたくない、あるいは自分でも恥ずかしく思う自分の過去」のこと。---Wikipediaより

黒歴史を持たないパターン1:後悔や恥がない

自分の過去の言動に対して、悔いも恥も感じない人は存在するかもしれません。そして、そもそも恥を感じなければ黒歴史も成り立ちません。

ただそういう場合でも、「迷いなく下した決断がすべて正しかった」というよりも、「あれはあれでよかったのだ、いぇい」と後からポジティブに解釈しているケースが圧倒的に多いように感じます。

そんな、「ポジティブ解釈マスター」は確かに存在していて、彼らは、少なくともここで定義したような黒歴史とは無縁です。

黒歴史を持たないパターン2:活動がない

一切の活動がない、という意味ではなく、後悔や恥につながる可能性のある活動をまったくしていない、という意味での「活動がない」です。

こういう人を、私はしりません。存在するのでしょうか。もし存在するとしたらその活動がないという事実自体が黒歴史になりそうですが、本人がそれをなんとも感じていなければ、主観の問題である黒歴史は成り立ちません。

黒歴史を持たないパターン3:ただの歴史に変わった

かつては黒歴史だったが、今となっては恥ずかしい気持ちは消え、人に話すことも厭わない、というケースです。たとえば、下に書いた私の黒歴史がその例。まだ恥ずかしさは残りますが、人に語れる程度に昇華しました。

でも、これ以外にも恥ずかしい過去はあります。だから、黒歴史の一部がただの歴史に変わったからと言って、黒歴史フリーな人になったわけではありません。完全な「歴史」しか持たない人はいるのでしょうか。

私の黒歴史

恥ずかしいですが、例としてさらします。

・自分は超能力者だと信じ、本気でUFOを呼ぼうとした(小学校時代)
・超能力を強化すべく「ESPカード」で特訓を積んだ(中学校時代)
・『BANANA FISH』の主人公にあこがれ、ジージャンにモデルガンを構えた自撮り写真を撮った(10代後半)

こうしてnoteでアウトプットすることも、ひょっとしたら何年後かには黒歴史になるかも知れません。まあ先のことはわからないので、今は考えないことにします。

私のファッションポリシー

かつて中学時代、自分のファッションポリシーとしてこの2つを決めました。

・清潔感があるものを着る
・10年前の自分と10年後の自分が見た時に「うわ、恥ずかしい」と思わないものを身に着ける

たぶん、こう決めることで無意識に「ファッションの黒歴史」を避けようとしていたのだと思います。その結果流行を追うことがなくなり、つまらないやろーになりました笑 あ、これって本当は恥ずかしがらなくてはいけないのかな。でも私本人がなんとも思っていないので、ことファッションに限れば黒歴史はゼロです。

まとめ

黒歴史のない人は、いるかも知れません。でも、ぼんやりとした感覚ですが、黒歴史がばんばん刻まれる人生のほうが楽しそうです。「失敗しないのは挑戦していない証拠」的発想になぞらえるなら、後悔や失敗を避けるよりどんどんトライしたほうが楽しいですもんね。

そう考えると、パターン3の、黒歴史克服型が一番かっこいいのかな。

答えはでませんが以上です。読んでいただきありがとうございました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?