見出し画像

或る女の夜

場末のJazz Bar “Blue” ピアノ近くの席に私は居た。

つやつやと光る鉢植えのアンスリウム。花瓶の中のカサブランカが香る。帽子を目深に被った女性客がカウンターでX.Y.Z.を飲んでいる。

ピアノトリオの演奏が始まる。演者は全員男性で、ドラマーは優しくブラシを手にしている。カーヴィーなラインの美しいコントラバス。ピチカートの指。ピアニストはうっとりした表情でドラマーとアイコンタクトを取っている。

ピアニストの指が鍵盤をなめらかに滑る。別の生き物のような指だ。中指一本だけ黒鍵に置かれた瞬間は私の想像を掻き立てる。曲のクライマックスへと駆け上がる。一番高い音の鍵盤を叩き、彼は背筋をのけ反らせた。私は思わずワイングラスの脚に指先を沿わせる。

きゅっと、体の奥が疼いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?