【ガチヨタ】己の神をもて

あなたは神を信じますか


お前や!画面の前の!そう!お前!今!これを読んでる!お前!!
ありがとう!今回も楽しんでいってな!!!!


日本人という民族は、とても面白い宗教観を持っています。
初詣は神社(神道)に行き、家には仏壇があり(仏教)、12月25日はクリスマスのお祝いをします(キリスト教)。
そして、その他の様々な宗教にも寛容です。
つまり様々な神がこの日本という国を取り巻いているということですね。

そんな中、逆に特定の神を崇拝している人というのはなかなか珍しいと思います。
僕の場合ですと、実家は仏教徒ですし、旅先で見かけたらせっせと神社にお参りにいくし、ハロウィンやクリスマスは楽しい気持ちで過ごすことができます。
そういった、いろいろな「カミサマ」が私たちの身の回りに溢れています。
ある種神道の「付喪神(九十九神)」の思想が根底にあるのかもしれません。

すんまへんなあ、別に小難しい宗教の話したいんとちゃいますねん。
ワイが言いたいのは、もっと身近な話ですねん。

タイトルに書いたような「己の神」というのは、精神性の話とでもいいましょうか。

僕らは、僕らを動かしている目に見えない「意識」や「人格」、「精神」とも言えるものによってこの世界のあらゆることを知覚しています。
つまりその、「意識」や「人格」、「精神」のようなものはどこから来ているのか。というお話です。

毎回書くと長いので、精神に統一します。

私たちはその精神を認識しながら、真の意味で認識することはできません。
あくまでも、私たちというのは精神の奴隷であり、精神を磨くことはできれども、精神無くして肉体を動かすことはできないのです。

先に言ったように、この世のあらゆるものごとを経験する上で、私たちは精神というフィルターを通します。
映画や小説が良い例ですね。
幼いころ見た映画を、今見ると当時は感じなかった気持ちや、気づかなかった技巧に気づくことができます。
つまり当時に比べて精神が発達、成長したとも言い換えることができます。
感受性という言葉で言い換えてもいいかもしれません。
私たちは、精神と常に隣り合わせながら、その存在を意識することなく生活しているのです。

みたいな小難しい話で終わらないのが、このガチヨタです。
なんならこっからが本題。

世の中、おもんねえ人間が多すぎる

もちろんそういう人たちからすれば、僕の方が面倒くさくて面白さのかけらも感じることのない人間なのかもしれません。
にしてもヨォ、なにして生きてきたらそんなにおもんねえ人間に仕上がるんだ??みたいなヤツ多くないですか?
趣味とかないの?好きな映画は?好きな作家は?

僕ねぇ?面白い人間の条件みたいなのをいくつか持ってるんですけど、それの一番わかりやすいのが「好きなものを語れるか」なんですよ。
好きなものの話を他人にできない人間なんて、自分が何が好きで何が嫌いかを理解していない証拠じゃないですか?

ナチュラルボーンモンスターは話が別です。こっちの理解を超えてくるヤツは存在がもう面白い、っていうかそういうやつは好きなものあるからね?だいたい。

人間やっぱり生きていたら好きなもののひとつやふたつ見つかると思うんですよ、ほんで、好きなものを通して精神に深みが出てくるもんやと思うんですわ。
趣味とまで仰々しいもんじゃなくてもええわ、好きなもんなんかないんかお前は!みたいな人おるやん?
なにしゃべったらええかわからんねん、株の話でもふったらええの?
そういうやつほんまにおもんないねん、だいたい武勇伝と自慢話しかしてこーへんし。深みがないんよ深みが。

そう、結局ね。この話どこに行きつくかっていうと「深みを持て」って話なんですわ。
頼むでほんま。俺も別におもんない武勇伝聞きたないねん。

というわけで、タイトル回収できましたよね?
「面白い人間を目指している人間はもう既に面白さのかけらを手にしている」。
これ今日の金言です。寝るまでは覚えとくように。

聞いていた音楽は「電気グルーヴ」の「ガリガリ君(counelius remix)」です。
適度な狂気が癖になる名曲です。だいたい4回リピートしたぐらいで書き終わりました。


結構長いのに、読んでくれてありがとうございます。
みんなも神(精神)磨いていこうな、俺も頑張るわ。

それじゃ、またこんど!


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