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夜宴


夜の帳が下りる頃

天の川のように続くヘッドライトの群れ

その中を流れ星がひとつ、ふたつ

家に帰る……ただそれだけのために、男たちは何を賭ける

人々はその煌めきを、"青梅街道ツーリスト・トロフィー"と呼んだ______




その夜も、車やバスをいなしてから、井草八幡前で信号待ちをした。

何事もなく、誰とも出会うことなく、一人で帰る。ツーリスト・トロフィーは、そうそういつも開催しているわけではない。
ただの帰宅がいつもの帰宅。
"宴"は、日常があるからこそ、美しく輝くのである。

交差点の歩行者信号が点滅するころ、左に1台のスクーターがやってきた。
シルバーのホンダ リード125。通勤ではよく目にする何の変哲もない、普通のスクーターである。
リードは、決して速さを追求したバイクではない。速さを求める者は、より上のクラスであるPCXを選ぶだろう。
そして何より、加速力で優る私のオートバイの前では何のことはない。気にせず、気楽なはずだった。

だが、それに跨る男のヘルメットを見た瞬間、私は戦慄した。
紅白のストロボカラーに蜘蛛の巣のペイント。


間違いない、"スパイダー"だ……!


"スパイダー"とは、朝の通勤時間帯に幾度となく遭遇した。アウト・イン・アウトを徹底し、荷重移動を積極的に利用したライディングは、その技量を感じさせるには十分すぎる内容だった。
彼の前では、街角の全てがワインディング・タイトコーナー…。
私の実力では、彼に勝つどころか、その背中を追うことさえやっとだった。

その"スパイダー"が今、この夜の青梅街道に姿を現したのだ。

歩行者信号が赤になる。
私はクラッチを握り、ギアを1速へと入れる。
すると、横のリード125からスロットルを少し開けるのが聞こえた。
"スパイダー"は加速の良くないリードで抜群のシグナル・スタートを決めるために、交差信号の変わり際、いつもスロットルを"半開き"にするクセがあるのだ。
やっぱり""ヤツ""だ…!

シグナルが赤から青に変わると、彼は信じられない加速でスタートした。
私も負けず劣らず、二車線上を並走した。

今夜は……負けない______________!!!



…夜の帳が下りる頃

天の川のように続くヘッドライトの群れ

その中を流れ星がひとつ、ふたつ

家に帰る……ただそれだけのために、男たちは何を賭ける

人々はその煌めきを、"青梅街道ツーリスト・トロフィー"と呼んだ___________


〜今日の一台〜

ホンダ リード125 (JK12)

マットテクノシルバーメタリック

水冷4ストロークエンジンを備えた現行リード125は、2013年からラインナップされている息の長いモデルである。ホンダ二輪のワークホース的存在として、街でその姿を目にする機会は多い。
シルバーの2022年モデルが"スパイダー"の愛機。まるでロケットのような鋭い加速を魅せる彼のリードには、何か隠された"ヒミツ"があるのかもしれない。

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