宇宙の話で女を口説く
喫茶店で二人きり。自分から呼び出したくせに大して話すことが見つからなくてあっぷあっぷしてしまっている。この静寂すらも気にならないどころか、愛することができるような大人になりたいのに。気がついたら間を詰めよう詰めようとして、矢継ぎ早に話題を出している。共通の話題がないことなんて割と早い段階で気づいている。
彼女は同い年とは思えないぐらい落ち着いている。授業の前の休み時間大抵一人で読書をして過ごしている。でも話すと割と明るい子で、最寄駅に着くまでの約10分くらいは、よく一緒に歩いて帰るのだが、その時はとても心地良い時間が流れる。変に気を遣ってる感じもないけど、こっちが冗談を言えば大概理解してフフっと笑ってくれる。これが波長が合うというやつなのだろうか。漠然と恋をしてしまう。
それが今日はどうした。せっかく勇気を出して喫茶店に誘えたのに!普段のちょっと面白い俺はどこいったんだ。ただ早口で薄い話を喋るマシーンに成り下がってんじゃねえか。落ち着け。まあまだ開始30分ぐらいか。こっからギアを上げていこう。
「ねえ、宇宙の話に興味ある?」
「宇宙の話?」
「そうそう。宇宙ってほとんどが真空でできてるから、音が伝わらないんだって。だからオーケストラの演奏できないらしいよ。」
「ふーん。」
俺はずっと何を言ってるんだ。いくらなんでもパニックになりすぎだろ。ギアを上げるってそういう意味じゃないから。訳が分からない。だからモテないんだよ。こんな自分が大嫌い。
「宇宙ってどんな匂いがするか知ってる?」
「宇宙に匂いなんかあるの?」
「それがあるんだよ。」
「へー。」
「宇宙飛行士が宇宙遊泳を終えて、ロケットに戻ってきた時に、宇宙服から焼けたステーキみたいな匂いがするんだって。」
「そうなんだ〜。」
「これは宇宙空間に存在する粒子とか塵が宇宙服に付着して発生するみたい。」
「なるほどね。」
この子はめちゃくちゃ優しい子だ。絶対に興味がないであろう宇宙の話ですらしっかり聞いて、ちゃんと相槌を打ってくれる。てか俺はなんなんだ。俺が本当に追い詰められた時に出す切り札が、なんで宇宙の雑学なんだ。もっと良い話あるだろ。これまでの人生の中で一番面白いエピソードトーク用意してこいよ。喋りながら後悔していたその時、突如彼女が切り出した。
「ねえ、私も宇宙の話していい?」
一閃、衝撃的な一言だった。まさか宇宙トリビアから話が広がるとは。
「ブラックホールってあるじゃん。」
「うん分かるよ。」
「あれってとんでもない重力を持ってるから、人間がその中に落ちると、めちゃくちゃ縦に引き伸ばされてスパゲッティみたいになるらしいよ。」
「すげえな。」
面白い…!なんで俺より強い宇宙の話をこの子は持っているんだ。
「これって別に人間に限らなくて、地球とか太陽がブラックホールに吸い込まれてもスパゲッティみたいになっちゃうんだって。」
「へーすごいんだねブラックホールって。」
話おもろすぎる。
「あとね、宇宙って膨張し続けているってよく言うじゃん。」
「うん。それは聞いたことあるよ。」
「あれってやがては収まるって昔は言われてたんだけど、実際は遅くなるどころかどんどん加速してるんだって。」
「ええ、そうなんだ!」
「これは宇宙全体に広がってるダークエネルギーっていう負の圧力が関わってるらしいんだけど、詳細はまだ明らかにされてなくて、今も研究が続いているらしいよ。」
「へー知らなかった。」
なんで俺は宇宙の話で完全に彼女に上回られているんだ。でも、思いの外話が盛り上がったので、俺は思い切ってこんなことを言ってみた。
「ねえ、この後宇宙の匂いでも嗅ぎに行かない?」
「え、どういうこと?」
「いやさっき宇宙は焼けたステーキの匂いがするって話したじゃん。」
「うんしてたね。」
「だから二人でステーキでも食べに行こうかと思って。」
「え、いいよ!嬉しい。」
激アツすぎる。俺は宇宙の話から女の子を口説くことに成功した史上初の人間なんじゃないか?
「私ね、宇宙の雑学があと50個ぐらいあるからさ、ステーキ食べながらその話させてよ。」
「え、君NASAで働いてる?」
「いや働いてないし(笑)」
なんか良い雰囲気になってきたぞ。
「私ね、君がいきなり宇宙の話してきた時、内心これはアツいって思ったんだよね。」
「そんな女の子普通いないのよ。」
「ここにいるじゃん。」
「いやそうだけど。」
「よくある趣味がどう、部活がどう、就活がどう、そんな話私うんざりなの。」
「そうだったんだ。」
「そんなのつまんない男の常套手段じゃん。」
「いや良かれと思ってしてたんだけどな。」
「いや別に君のことを否定しているわけじゃなくて、そういうテンプレートの会話で時間潰すぐらいなら、宇宙の話ができるような男の方がいいなって。」
「よかったよ俺がテンパって宇宙の話して。」
「あれテンパってしてたんだ。」
「そりゃそうでしょ。」
「ねえ、今夜は私がブラックホールだからね。」
「え、それどういう意味?」
「君を吸い込んだっきり、二度と帰さない。」
「いやいや、僕がブラックホールでしょ!」
「いや絶対私でしょ(笑)。」
不思議だ。宇宙空間にいるはずなのに、オーケストラの音が聴こえてきたぞ!
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