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見えてる自分って本当の自分?

ほんとはそんな人間じゃないのになって思うことはありませんか?

私、あります。

よくあります。

とてもよくあります。

自分が、一番よく言われるのが、
「変わってますね」
です

変人とか宇宙人とか、仙人とか、この世に生きてないとか、散々な言われようなんです。

ただし、
これは学生時代からずっと言われてるので、
ほんとはそんな人間じゃないのになって思ってても、主張できません。

主張が通らないのが目に見えてます。

ぱっと見、至って普通ないでたちなんで、よけいと変わり者の印象がつくのかなと思ってます。

まあ、あきらめています。

今はギャップ萌えにつながればいいなと期待しています。


なので、今回お話したいのは、もう一つよく言われることの方です。

それは
「いつも楽しそうですね」
ってやつ。

いつもニコニコ(ニタニタ?)しているみたいで、結果としてそう言われる。


Twitterやnoteの投稿だけを見れば、お気楽な投稿が多いですから、
SNSの中で私を認識している人も、同じような印象を持っている方がいるかもしれません。

でもね。

これは内面が裏返った結果なんです。

つまり、毎日楽しく生きているわけではない。

苦しんだり、
答えが見えず、悩んだり
先のことを考えて不安になったり。

それがなぜだか伝わらない。

なぜなんだろう。

そういう自分を見せるのが恥ずかしいとか、
そういう自分を見せるのは申し訳ないとか、
そんなことがあるからかもしれません。


ここまで書いて、ちょっと思いました。

自分も他の人を見ているときに「あの人楽しそうでいいな」「なんかいつも充実している風だな」とか思っていることがあるんじゃないか。

いや、きっとあります。

これはもしかすると他の人にとっては、見えている、感じているその人のことが、正(せい)ってことです。


つまり、本人がいまどう思っているとか、どういう精神状態だとか、そういうことはあんまり関係なくて、どう見えているかの方が上になるってことです。

もっと言えば、他人から見えている自分の方が本当の自分なのではないかなと。

自分が認識している自分より、周囲が認識している自分。


うーん、だからどうっていう結論めいたことは思い至っていませんが、
まあ、自分はほんとうは今こうなんだよーってあんまり願ってもしょうがないってことかもしれませんね。

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