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2022年おすすめ国内新譜アルバムVol. 11: Kan Sano、Kecha、¥OUNG ARM¥

国内新譜アルバム紹介Vol. 11です。

今回紹介するのは、Kan Sano「Tokyo State Of Mind」Kecha「Butter Scotch」¥OUNG ARM¥「TENJIN」です。


Kan Sano「Tokyo State Of Mind」

origami PRODCUTIONS所属のアーティスト。

Kan Sanoはビートメイカー、シンガー、キーボーディスト…と多彩な顔を持つアーティストです。手札だけではなく作風もやはり多彩で、ジャズやヒップホップ、ネオソウル、ブギーなどの要素を取り入れたサウンドを聴かせます。インストも歌モノも制作し、多くの引き出しを持っています。

しかし、そんな中にも一つ軸のようなものは感じられます。ヒップホップといってもFutureのようなゴリゴリのトラップなどは作らず、J Dillaの系譜にあるスタイルの持ち主です。そしてこのJ Dillaを中心に据えると、ネオソウル、Robert Glasperなどのジャズ、TuxedoなどStone Throwのブギー…とKan Sanoの音楽性に重なる部分が多く見えてきます。なので、歌モノとインストを制作するアーティストですが、その音楽はヒップホップリスナー(特にブーンバップのファン)にもしっかりと響くものだと思います。

今作は日本語詞の歌モノを中心にした作品です。しかしタイトルからしてヒップホップファンの方にはお馴染みの言葉ですし、やはりヒップホップの要素は随所で発見できます。冒頭を飾る「I MA」はブギー路線ですが、スナップ音や高速ハイハットに南部ヒップホップと通じるものがあります。レコード愛を滲ませた「逃飛行レコード (98bpm)」はテーマからしてヒップホップ的ですが、地名を並べるフックもA Tribe Called Quest「Award Tour」を彷彿とさせます。「My One And Only Piano」「Good Sign」はインストヒップホップとして聴ける曲です。「おやすみ」にはJ Dilla系譜のサンプリングビートのようなグルーヴが宿っています。

ベストトラックはブヨブヨのベースが目立つ「Play Date」。Gファンクが好きな方にも聴かせたいファンキーで軽快な良曲です。


Kecha「Butter Scotch」

ヒップホップクルー、DIRTY JOINTでも活動する神奈川のDJ兼ビートメイカー。

9曲という曲数はビートテープとしてはコンパクトに見えますが、今作にはビートスイッチのある曲もいくつか収録されています。ビートスイッチといえばTravis Scott「SICKO MODE」Baby Keem「Family Ties」などが浮かびますが、これらにおけるビートスイッチが急激な変化で派手に聴かせるものなのに対し、今作でのビートスイッチはスムースに切り替わるようなものです。これはDJとしての側面も持つアーティストならではの感覚と言えるでしょう。

そんなDJとしての感覚という点に着目すると、ビートメイク全体にもそのセンスが出ているように思えます。隙間を作らず丁寧に紡いでいくようなループの組み方で、ドラムを足さずにループだけで聴かせるビートもあります。iいわば「良い曲の良い瞬間をそのまま切り取ってその魅力を伝える」ようなビートで、それはDJのミックスとも通じるような魅力があります。

質感的にはギターやピアノなどのオーガニックな音を多用した、ソウルフルなものやジャジーなものが目立ちます。2回ビートが切り替わる「Mo Down」では歌声も巧みにサンプリングしており、特に3つめのビートに入る前のヴォーカルの使い方はソウル好きの方なら悶絶必至です。「We Can Make It」は暖かいギターを使ったハートウォーミングな一曲。抜けの良いドラムの鳴りも最高に気持ち良いです。ドラムという点では「Stoned Is The Way」「One For APT」でのジャジーなドラムを切り取ったループも素晴らしく、どちらもメロウでいて躍動感のある良曲に仕上がっています。

また、随所で一瞬挿入されるラッパーの声ネタも絶妙です。ラップの入らないインスト作品ですが、アメリカのヒップホップが好きな方なら楽しく聴けると思います。普段日本のヒップホップをあまり聴かない方も是非。


¥OUNG ARM¥「TENJIN」

福島のラッパー。

¥OUNG ARM¥と同じく福島で活動するビートメイカーのKaworuMFは、近年FreekoyaBoiii & Yvngboi Ppararainyなどの作品で強力なビートを聴かせてきた注目の人物です。エモーショナルなトラップやラチェット系など、現行のアメリカのヒップホップからの影響を見事に消化した作風の持ち主です。今作でも9曲に関わっており、トラップを軸にダークなものや勇壮なものなど多彩なビートを作っています。

しかし、今作の主役はもちろん¥OUNG ARM¥のラップです。そのラップスタイルは、サグいアティチュードを覗かせつつもユーモアも見せたリリックをしなやかでイナタいフロウで放っていくもの。KaworuMFのビートと同様、現行のアメリカのヒップホップからの影響を巧みに日本語に落とし込んでいます。

一曲目、SinexbeatsとKaworuMFの共作の「Success」から引き込まれます。同曲はシリアスなピアノにダーティな低音を合わせたビートで、少しクスッとするようなラインも淡々とラップしていく好曲。続く「Dokupe」もKaworuMF制作のトラップで、¥OUNG ARM¥のイナタいラップと抜群の相性を発揮しています。「Tunnel」はKaworuMFではなくKojimaがプロデュース。ダークなピアノを使った21 Savageあたりがやりそうなトラップで、¥OUNG ARM¥のラップが映えています。Kojimaは同曲含めて3曲を手掛けており、アトランタ的なトラップビートで¥OUNG ARM¥の魅力を引き出しています。その後もホーンが印象的な「Pull up」、早回しサンプリングと緊張感のあるピアノを用いた「Runnin'」など良曲が次々と登場。ビートとラップの方向性が一致した、見事なコンビネーションが楽しめます。

ラストを飾る「Last Run」では哀愁漂うメロウな路線に挑み、作品をしっかりと締めくくっています。ユーモアとシリアスさのバランスも素晴らしい同曲は今作のハイライトの一つです。

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