記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画好きになるかも〜『関心領域』感想

 映画は苦手。大音量だけで体がヘトヘトになってしまうので。でも面白そうなので、見に行ってしまった。それがジョナサン・グレイザー『関心領域』。

 この映画はね、本当は『落下の解剖学』が見たくて色々ネットで見てた時に出てきた「誤訳」がきっかけで知った。どうやら同じ役者が出てるみたいね(ザンドラ・ヒュラー。ここでは主人公の妻の役)。この人がアカデミー主演女優賞にノミネートされてたとかで、訳した人が混乱したらしい。『関心領域』も国際映画賞とかでノミネートされてた。この言葉に出会ったのも私にとっては棚ボタだったのだ。『オッペンハイマー』と同じ。

 映画館で音の「パン」(定位)を味わうとは思わなかった。耳栓なしで見られる映画があるなんて、初めて知った。

 地味な映画限定になるとしても、こんな映画をもっと見たい。

 アカデミー賞音響賞を取った映画なら確実ですかね?ノミニーでもいいけど。

 たとえばムービックスさいたまでしか見られそうもない映画なら、音響に拘ってると見て確実ですかね?

 池袋のグランドシネマで『オッペンハイマー』も見たけど、あれはIMAXだし、どっちかというと音楽映画に近いニュアンスがあるから、別物と考えていいだろう。けど、繊細な音響の映画はそれらしくやってくれるんですよね?

 そうは言っても、私的には、「音」よりも「水」の方が印象に残ったんだよね。あの強烈な印象を残す「釣りと川遊び」のシーン。あれってなんかの「境界線」なんでしょうか。あの後の「ルドルフが転勤を打ち明けるシーン」は不思議でしょうがなかった。たぶんあの境界線を知らない人は、あの状況を不思議とは思わない。それに、そのあとの場面で、ルドルフが土と灰を混ぜてたでしょう、やっぱりあれは…あんな庭を維持しようと考える奥さんはやっぱ怖い。あとあの花のどアップのところ、一瞬だけ変なのが見えた。
 奥さんが抜いてたのは、本当に雑草だったんでしょうか?植物や庭いじりには疎いので。
 でも、そんな奥さんにも同情できるんだよね。あんなに沢山子供がいたら、転勤したら彼らの学校生活が台無しになるし、たぶん彼女自身はいじめられる。単に大きな豪邸や手塩にかけて育てた庭に執着してるだけじゃないと思う。

 常に悲鳴が聞こえてることは、そんなには気にならなかった。すぐ隣が幼稚園か小学校なら、あれくらい騒がしいものだし、遊園地でああいう声を聞いても、確かに最初は怖いと思うけど、何回も聴いてたら、たぶん音だけなら慣れる。銃声にしたって、たぶんうちの近所で毎年秋、市民体育祭の朝6時に聞く音の方がよっぽど怖い。あれはスピーカーを通しているのだろうが。
 でもわかんないな…私も暴走族とか選挙カーの音は嫌いだし。あれは何度聞いても慣れないし、ただ車が空ぶかししただけでも暴走族と勘違いする。他にもいろんなノイズに神経使ってきたし。
 何しろあれは夜中も聞こえてたんだものね。

 それに、常に悲鳴が聞こえてるのが苦だったら、子供達があんなにおとなしくしてるわけがないからね。あの子達だって、物語が進むごとにおかしくなってくからね。単に「無関心」になってるわけじゃないのよ。
 逆に大人たちは騒がしくなってる。奥さんもあんなにキツく当たることないのにって思う箇所がいくつもあった。
 ルドルフと息子が馬で遊びに行く場面で、息子が「鷹の声が聞こえる」とか言うんだけど、そんなの聞こえて来ないんだよ。いくら探しても。これも前兆なのかな。
 そもそも彼らが幸せな日常を送っているようにも見えなかったし。

 要するに、関心を無くしていることを自覚したのなら、「改めて関心を向ければ済む」ような次元の話じゃないのよ。そんなの虚言の元にしかならない。

 仮にあの家の中であの悲鳴や銃声に意識を向けて、そのことを例えば食事中に話題にするとかしたら、こっちの方が逆に「気にしすぎるのはおかしい」って言われるよ?「なんで今そんな話をするの?」って。「うちの子もそんなことを気にするのはやめたわ」とか、言い訳するに決まっている。

 だから音響が控えめだったのか。「パン」を聞かせるために。ひょっとしたら、映画館で見るよりも家で見る方がしっくりくるかも。過去のアカデミー音響賞受賞作を見てみると、音響が控えめそうな作品は他に見当たらなかったのよ。音を控えめにして音響賞を取ったって初めてかな?

 なんていうか、音楽っぽく聞こえるところもワンパターンだし。あの感じ、なんとなく『メトロイドⅡ』っぽかった。鳥人族の遺跡のテーマみたいな。曲調は全然違うんだけど、安心感がある。「塀の向こうの音や声」に比べればってことだけど。

 「カナダ」がなんかの隠語らしいことはわかったが、あれはガス室に送られたユダヤ人たちの荷物置き場らしい。彼らは収容所に行く時に「いつかは出られる」とウソを言われて、貴重品を結構な量持ち込むことを許可されていたらしい。
 最後のルドルフのアレは、たぶん帰りたくないんだろうな。で、問題はその後の「アレ」よね。なんて無機質な印象なんだろうと。写真貼ったくらいで贖罪になるのか?とか、なんていうか、延々と掃除しているのがなんか奇妙なものに見えて。しかもこのシーン、どことなくリフレイン染みている。それがなんとなく気持ち悪くて。

 あるYouTube動画に出てきた『利益領域』(※英語のダジャレです)みたいな一言も面白い。原作小説だと違った言葉で訳してるそうだし。

 嗅覚については盲点だった。「温室の中で煙草」なんて、普通は誰も思いつかないけど、やっぱ奥さんは妥協してたんだ。「いいのよ」ってことは。

 そういえばあの奥さん、母親が去った時、朝食をやけ食いしてたけど、野菜みたいなのは乗ってなかったね。あったのはジャガイモくらい。
 気のせい?


 「世の中に対する関心」というより、「無意識の悪意」の方が炙り出されてるように見えた。それこそ新型コロナの時に出てきた「他県ナンバー狩り」とか「トイレットペーパー騒動」とか、今一番身近な話で言うと、子育て中の主婦への冷たい目線とか。なんでネットニュースもそこを煽る?ウクライナとかガザ地区の戦争に関する問題どころの話じゃない気がする。

 改めて考えると、あんな悍ましいエンディング曲を最後まで聴けたのは昔の私からすると随分成長したモンだと思う。小学校の給食の時間にたまの曲が流れて、私一人だけ怖くて大騒ぎして担任の先生を困らせたことがある。もし20歳若かったら、その段階で私は不登校になってたのは間違いない。いじめとか勉強以外にも不登校になるきっかけってあるんじゃないか?それこそ大半の人には理解不可能な理由が。

 実は映画を見たのは初日で、あのあといろんなレビューとか感想とかも見た上で書いているのだけど、ほんと人によって抱く感想が変わる映画だなぁと感じたので、私も感じたままを残しておこうと思い、これを書いた次第です。

 改めて言いますが、これは私の好きなタイプの映画でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?