じつは漢詩名人 森鷗外の「春を待つ心」 #日本の漢詩
文豪 森鷗外は漢詩名人でもありました。
紹介するのは七言絶句「春を待つ」。
「花を待つ心は これ 春を待つ心」という1行が沁みます。
こんな詩です
「春を待つ」
南廂(なんそう) 偶坐(ぐうざ)して 悩んで沈吟(ちんぎん)す
目送(もくそう)す 凍禽(とうきん)の 鳴いて林を出づる
唯(た)だ 喜ぶ 簾前(れんぜん) 風(ふう) 稍(やや) 暖かに
花を待つ 心は 是れ 春を待つ心
「待春」
南廂偶坐惱沈吟
目送凍禽鳴出林
唯喜簾前風稍暖
待花心是待春心
訳すとこんな感じ
南にさし向かって座り 思いにふけって口ずさむ
寒さに凍えた小鳥が 鳴きながら林を飛び立つのが見える
窓の前の風が ほんの少し暖かく感じられることが ただうれしい
花を待つ心は まさに 春を待つ心
ちょこっと感想
作詩年は調べられていませんが、ここに出てくる「鷗外に目で見送られる、凍えた小鳥」のところで、ドイツに帰国させられるエリスさんを思い浮かべてしまいます。
泣いて林を出る(林太郎だけに!)エリスと、去るエリスをだまって見送るしかなかった鷗外……そんな二人に重ねて読みました。うーん、せつない。
鷗外にも小鳥にも、あたたかな春がきますように!
作者のこと
・森鷗外(1862-1922)、本名は林太郎。石見国(島根県)の生まれ。現・東大医学部卒業。軍医としてドイツ留学後、軍医総監、陸軍医務局長に進む。一方、文学では『舞姫』など小説、翻訳、評論、伝記文学で巨大な地歩を占めた。
・6歳から漢学を学ぶ。14歳から漢学者 依田学海(よだ がっかい)に漢文を、18歳から佐藤応渠に漢詩文を学んだ。依田学海は『ヰタ・セクスアリス』の文淵先生のモデルといわれる。
(写真はウィキペディアより)
気になったことば
・偶坐(ぐうざ):「向かいあって座る」の意。ここでは鷗外は何(誰)と向き合っているのか?鷗外のほかに人がいると思えなかったので、南に向かっていると理解したが、どうなんだろう?
・沈吟(ちんぎん):思いにふけること、静かに口ずさむこと
・目送(もくそう)す:目で見送る
・禽(きん):二足で羽の生えている動物、すなわち鳥類を「禽」、四足で毛の生えている動物、すなわち獣類を「獣」という。「禽」は鳥・獣を総称する場合もある
・稍(やや):「やや、少しばかり」の意。「稍」はもともと「穀物の成長が少しずつであるさま」からきている。似た漢字に「梢」がある(木の先端の意)が、このように「肖」にはちっぽけ・小さいという意味がある
・是(これ):これはすなわち。語調を強めたり、整えたりする役割
(参考:呂山 太刀掛重男.漢詩の手本 第4輯)
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