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親だって保育者。保育を学んでみたい!:「秋の保育アカデミー」受講ノート

未来をつくる子どものための保育って何だろう

1歳児の子育てや保活をきっかけに保育に興味をもつようになり、Hoick「大友剛Presents 秋の保育アカデミー」をオンライン受講しました。

親こそ保育者。にもかかわらず、保育士以外の一般人が保育について学べる機会はなかなかありません。このような素晴らしい企画をしてくださりありがとうございます。

全5回(各90分)の講習会を通して、私が気づかされたのは「子育てで大人が忘れがちなこと」。たくさんのメッセージの中から、特に忘れたくないと感じたことをまとめる講義ノートです。

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大人も童心に戻ろう: 第1回 長谷川義史さん(絵本作家)

第1回講師は絵本作家の長谷川義史さん。絵本の読み聞かせから、ライブペインティングまで盛りだくさんの90分。

作家本人が絵本朗読を実演してくれました。絵本を読んでもらうのは大人もうれしいもの。ライブペインティングでは長谷川さんが絵具を大胆に塗り(素手で!)、想像もつかない絵が仕上がるようすに感嘆。

コロナで対面ライブが難しくなっているとのことですが、自宅にいながら本物を間近で見られるのはオンラインならでは。子どもと一緒に、童心へ戻る楽しさに気づかされた時間でした。

〈感想〉特に絵本「おへそのあな」「へいわってすてきだね」は胸に沁みました。子どもと絵具を素手でぬりぬり遊んでみたい!

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保育園は社会の下請けか?: 第2回 青山誠さん(保育園園長)

第2回講師は青山誠さん(上町しぜんの国保育園園長)。やさしい語り口から保育への熱い想いが伝わります。話題はコロナ状況下の保育園運営の現状について。

■コロナ感染を恐れすぎ「子どもの育たないリスク」が高まっている

コロナから子どもの命を守ろうとするあまり、感染対策の根拠が不確かなまま、あるいは行政から言われるがまま「あれもダメこれもダメ」と過度な制限をする保育園も多いといいます。ただ禁止するのは簡単。リスクマネジメントが「子どものため」よりも「大人のため」になっていないか?と青山さんは問います。

「命は守られても、心が死んでしまったら意味がない」

過度な対策を子どもらはただ黙って受け入れるしかない。子どもの「心が死んでしまう」ことがないように、保育者にできることとは。

・正しい感染対策の知識をつけ、本当に感染対策になっているのか、子どもに最善なことなのかを考えること。

・子どもの声が奪われないよう、限られた状況下でも子どもと対話をして、意見を尊重すること。

「コロナであっても、子どもが何を感じているのかを大切にすること。これは保育者がいつも大切にしてやってきたことのはず」と青山さん。

「保育園は社会の下請けなんかじゃない」

保育園は未来の社会が生まれる現場そのもの。にもかかわらず、世間では保育園は親が働くために必要な「社会の下請け」「社会のインフラ」のように軽く見られがち。青山さんはそんな風潮に怒りの声を上げます。「保育は社会の下請けじゃない。子どもの心が育ち、未来の社会が育つ『根っこ』なんだ!」。

〈感想〉サブタイトルの「どっちを向いて保育する?〜子どもでしょう!」がいいなと思いました。私が保活をして感じた最大の違和感は、保育園について、親目線(通園時間、預かり時間、親の負担感、人数枠など)ばかりが話題になること。親同士も、役所の人とも、見学先保育園の園長先生もそう。でも私が保活で本当に知りたかったのは子ども目線のことでした(何を大切に・どんな工夫をして保育しているか)。青山さんの子どもの捉え方は、私はとても共感できました。どの保育園にもこんな先生がいればなあ。そして、保活のとき、子ども目線の話題がもっと出るようになればいいなあ。

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大人にありがちな勘違い: 第3回 井桁容子さん(乳幼児教育研究家)・佐伯胖さん(認知心理学者)

第3回は「子どもと共に生きる“大人の在り方”を考える」。講師は井桁容子さん(乳幼児教育研究家)と佐伯胖さん(認知心理学者)。初めに提示された保育現場の1つのエピソードをもとに、保育の実践と理論をおりまぜ盛り上がる対談。印象深いポイントを講師のセリフとともにまとめます。

「ごめんねっていうのよ」平板な言葉のやりとりで社会性は育たない

子どもらが物を取り合うような場面で子どもに「いいよ」と大人が言わせたり、「順番でしょ」「はい交代ね」と大人が仕切ってしまうことがある。自分や他者のいろんな気持ちを学ぶ幼児期に、「ごめんね」「いいよ」のような平板な型通りのやりとりを大人がさせては、子どもは人の気持ちが分からなくなってしまう。

「型通りに何か解決する、型通りにすれば型通りの答えが返ってくるのよって教え方はまずいでしょう。むしろ人の気持ちも自分自身の気持ちもわからない人になってしまうかな」(井桁さん)

「見守る」を傍観と混同しない。人の気持ちに自分も入っていくこと

「保育と子守り」「見守りと傍観」これらは似て非なるもの。「保育・見守り」には「子どもがなぜその行動をするかを考える、子どもの気持ちに入っていく」姿勢が必要。大人が本気で向き合わない態度(子守り・傍観)を子どもはよく見ており、そういう大人に接している子どもは、自身も傍観するよう育ってしまう。

「大人が感情を動かさず傍観していると、『困っている人がいるのに何もせず見ている』姿勢を子どもに見せてしまうんです」(井桁さん)

乳幼児期は言語より、言葉にならない豊かさを大切に

保育者の乳幼児期の関わりが、赤ちゃんの感情をたくわえる時間を奪っているのではないか」と井桁さん。これまで赤ちゃんは、感じる時間をいっぱい溜め込んだ後に言語化の世界に行っていたが、最近は言葉にすることで早く成長すると思って、乳幼児期から言語化の世界に入れるようになった(0歳から保育者が食べることも寝ることも遊ぶことも指示する。はいこれだよ こうやって遊ぶのよ、のように)。

大人は言語主義的な発想(言葉で言えることが有能なんだ)になりがち。乳幼児期の保育者は、子どもとの関わり方をよく考え、特に自分の達成感のために保育をしていないかを改めて確認したい。赤ちゃんのうちから自分の感情をちゃんと出す、相手の気持ちになる、そういう人たちがたくさん育ってほしい。

言葉で言えない、言葉にならないことの豊かさっていうかね、そういうものを忘れてしまうような風潮がある」(佐伯さん)

子どもの「わからなさ・想定外」を面白がる

子どもの行動を予想し、想定内で対処するのがよい保育者だという考えが根強い(流れる保育)。しかし実際は「子どもといると全く正解がなく、そうきたか!とひっくり返されることが山ほどある。ひっくり返ることを面白がって」と井桁さん。

分からないことは怖く、答え探しをしてしまいがち。しかし、分からないことを分からないまま大切にする感覚、あいまいなことを抱えこむ力、自然にわかってくるまでわかった気にならない覚悟、謙虚さ。これらが保育者を高めてくれるという。想定にとらわれ、想定外を避けていると、ひっくり返されていることにすら気づけなくなる。

「分からないことをわからないままずっと持ち続ける。この感覚は本当に大事だけど忘れがち。自分の想定を超えたことで、自分が未熟だったと思えると、保育はすごく高まっていく」(井桁さん)

■子どもを待ってみると「人間の面白さ」を発見できる

早く答えが欲しいという思いをやめ、急がずに、子どもを待ってみること。子どもを待つほんの数秒のなかに、子どもたちはすごい答えを出したりする。そういうとき人間の面白さの発見や感動がある。保育は面白がった人が得るものが大きい。

「保育とか教育とかっていうことは人間学なんですよね。人間をもっと深く知るということ。人間探究。人間というものへの強い関心を持っていることが大事なことでね。人間の面白さに感動するという一番大事なことを保育養成の人たちに伝えたい」(佐伯さん)

■今ある子どものすごさをちゃんと見る

保育には「子どもは今は未熟で、だんだん発達していくもの」「大人は正しいことを教え、子どもを直すもの」という意識が根強い。そのため、赤ちゃんの段階でも頭が下がるようなものを持っているにもかかわらず、そこをちゃんと見ることができない保育者がいる。保育者は「子どもの方がむしろ本質をとらえる力が備わっている」という信頼をもち、今ある子どものすごさを見てほしい

「子どもはだんだん発達するんじゃなくて、初めから子どもってすごいんだ。何かができるからすごいんじゃなくて、人間という存在そのものが奇跡だ。大人になるほど本来の人間というのを忘れてしまって、子どもの中に人間が見えなくなっていく」(佐伯さん)
〈感想〉1つの保育エピソードをもとに、二人の専門家から幅広い話題が広がり、あまりに深く面白い対談で感動しました。私もこんなふうに子育てしたいと思えるアドバイスがたくさんありました。また、私が日ごろ「こんな保育はいやだなあ」と、もやもや感じていたこと(たとえば、公園の花壇を触った保育園園児が、引率の保育士さんに「花にあやまり!」と大声で怒鳴られるのをみて感じる不条理さや不快感)の正体がわかった気がしました。

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子どもを「わかる」とは「その子の支えどころを感じとる」こと: 第4回 汐見稔幸さん(教育学者)

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第4回講師は汐見稔幸さん(教育学者、東京大学名誉教授)。保育士さん向けの講義。親の立場から、印象深いポイントを箇条書きします。

・「いま子どもの中で何が育っているのか」「こうすれば子どもの中に何か残るか」をたえず考える。

・子どものことを「わかる」とは?内面を知ろうとすることではなく、その子どもの「支えどころを感じとる」こと。心の深いところで寄り添うこと(アセスメント)。

・「子どもによって、人間の多様性と可能性を教えてもらっている」という謙虚さをもち、驚きをもって接すること。

・人間の内面は複雑。人は他者を正確に理解することは決してできないし安易にわかったつもりになってはいけない。
 -自分の経験則からの思い込みや決めつけをしない。
 -「こんなことしたからあんな結果になったんだ」と安易な因果関係で他者をわかったつもりにならない。
 -「子どもをわかる」が「子どもを支配する」にならないように。

〈感想〉ここで示された人との関わりのポイントは、子どもとの関係に限らず、大人同士(たとえば職場での人間関係や後輩指導)でも実際はなかなか難しいもの。相手が大人でも子どもでも、相手を尊重し寄り添うことは同じだなあ。今回は専門課程の講義風だったので、実践現場の保育士さんには、実践の話題のなかで理論が語られる(対談形式など)ほうが面白いのではないかなとも思いました。

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素敵な大人になるために   :第5回 落合恵子さん(作家)

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第5回(最終回)の講師は落合恵子さん。著書『明るい覚悟ーこんな時代にー』をもとに語られる、若者たちへのエールです。

クレヨンハウス店内での撮影で、落合さんの美しい口調に、店内に遊びに来ている子どもらの生き生きとした声のBGMが和やかに重なります。途中、月刊誌「クーヨン」編集長や、クレヨンハウス担当者の紹介もあり、裏方で育児を支えてくださる方のお話を聞くこともできました。

印象に残ったいくつかのフレーズをメモします。

・子どもを見て「75歳の私の心の中にも あの子がいると感じる」

・「老いは、時に大きなる喪失を連れてくる。けれど、時にこのうえなく深い獲得を運び込む。いまがいくつでも、自分が望む自分になっていく。その過程を惜しまずに、省略せずに暮らすこと」

・「素敵な大人になるために 私はどんな大人になりたい?問いかけられる大人でありたい

・大人にできるのは、「子どもの育っていく ちょっとしたお手伝い

・言葉とは「言葉にならない思いが ここにあると指差すのが言葉」

・「育ってください あなたの速度で 歩いていってください あなたの歩幅で

・「時間をかけていいから、大好きなものを見つけて」

・「どんな時代であっても本は生き続ける。本は居場所そのもの。誰かに無条件に愛された、愛してもらった。人として生きるうえでの一番大きな居場所になる」

〈感想〉よい未来のために声を上げ続けてこられた落合さんならではの深い言葉の数々。「どんな大人になりたい?とじぶんに問いかけられる大人でありたい。75歳になっても。」と語る落合さんのような大人に私も少しでも近づいていけたら。落合恵子さんの著書『明るい覚悟』から引用された「大事なほんの僅かなものを握りしめて暮らす」「自分が望む自分になっていく過程を惜しまず省略しない」の言葉。これまさに目の前にいる1歳の子の姿だと気づく。子どもは大人の忘れがちなたいせつな姿そのもの。

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最後に

振り返ると、いろんな講師の方のメッセージがところどころ重なります。子どもを人間として向き合うこと、想像力をもって子どもの成長につながる手助けをすること。保育・子育てを通して自分の成長を楽しむこと。

今回の「秋の保育アカデミー」は「オトナの学びを止めない」が大きなテーマ。これを企画され、また、各回のホストとして登場された大友剛さんが何より素敵でファンになりました。ピアノで、マジックで、そしてやさしく鋭いコメントで、私たちを保育の深い世界に誘ってくれました。ありがとうございました。

(画像出典:https://hoick.jp/ouchi-seminar/detail.php?seminar=academy)


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