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あっつーいフランクフルトで

8月はドイツへ学会に出かけておりました。暑かった。。。なんせエアコン無しがデフォのあちらのこと。一昔前の北海道もそんな感じで、記録的に暑い稚内で耐え忍んでた謎体験を思い出しました。

主に滞在していたのはフランクフルト、ヨーロッパの空の玄関。ただそれだけにこれまで素通りばかりで街に滞在するのは初めてのことでした。


フランクフルトは言わずと知れた、ヨーロッパの金融センターのひとつ。最も金融が活発な都市のひとつです。(どーでも良いですが、こう言う英文直訳調、何か好きです) ヨーロッパ中央銀行が置かれているのもフランクフルト。

ヨーロッパ中央銀行といえばこのモニュメント。(とはいえ、この後ろのビルはあくまで「旧」中央銀行で、現在は別場所に移転済み)ユーロ導入を中学から高校生として過ごした私には、公民の時事問題がらみでよく見たモニュメントです。

当時の私には、統一通貨「ユーロ」の意味はよく分かってませんでした。社会科の適切な問題に対し「統一通貨ユーロの導入」と言う無機質な文字列を返す関数として育っていた感じです。


2023年8月の暑い日の夕方、お世辞にも治安が良いとは言えないこのモニュメントの前を足早に通りすぎつつ思い出したのは、そういう「関数」としての自分でした。(このモニュメントは中央駅Hauptbahnhofから続く大通り沿いにあって、あまりガラがよろしくない)

修士卒の時の卒業旅行にチェコ・スロバキア・ハンガリー・オーストリアを選び、中東欧を巡るうちに冷戦から冷戦崩壊の出来事に興味を持っており、興味ある地域はコーカサスと中央アジアという旧ソ連が(たまたま)多い私。そういった1990年代の流れの先にユーロ導入があることに今更気付いた瞬間でした。


ご近所の国々と通貨を統一する。こんなぶっ飛んだアイデアを考えつく、ましてや実現しちゃうなど、まぁ文字通りに「常軌」を逸しています。それでも統一を目指した、それは80年代最後から90年代にかけてのノリの最高到達点だったように思えた次第でした。

意味がわからないつつ、コンクリートの壁にツルハシを突き立てるニッコニコのお兄さん方の映像をみて「楽しそう!ボクもあれやりたい」と言ってた(と親が言ってる)私。あるいは壁崩壊後のニュースで同年代の子が「ボロい車(東ドイツのトラバント?)西ドイツに行くのは恥ずかしい」と答えてるのに「???」と思った記憶のある私。なんか妙に覚えてる記憶のカケラが繋がっているような感じを受けました。

アメリカがMelting potからSalad bowlへ、少しずつ変わっていくのに、こっちは統一。このモニュメントを眺めつつ、裏にある「凄み」を感じた夕方の一瞬でした。こうして学校で習ったことをどんどん「集めて飲み込んでいく」シリーズも悪くないのかも、とも。

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