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カンバーバッチ主演『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』: とびきりの愛情と独創性で心を豊かに満たしてくれる秀作

これはお見事!な一作。ベネディクト・カンバーバッチのファンにとっても、それから大の猫好きな人にとっても、最高のひと時をもたらしてくれる映画ではないか。「SHERLOCK」以来、風変わりな異能者を演じさせれば並ぶ者がいないカンバーバッチだが、天才数学者役の『イミテーション・ゲーム』や、かの発明王役の『エジソンズ・ゲーム』などに続き、今回は今から100年以上前に大人気を博した一人の天才画家の半生を見事に演じている。

猫のイラストで一斉を風靡した画家

何が面白いって、まずはこの実在した画家の画風だ。ヴィクトリア朝時代、猫はネズミ退治で重宝される以外には、今ほどには世間から愛を注がれる存在ではなかったとか。しかしこのルイス・ウェインは違った。彼は人間よりもむしろ動物たちの絵を描くことの方を好み、とりわけ猫を主題にした画風で大きな人気を獲得していく。

彼の描く猫は、ただの猫ではない。人間のように二本足で立ち、当時の人と同じく、ティータイムを楽しんだり、スポーツに興じたり、家族でディナーを囲んだりもする。そんな見るだけで可愛らしくておかしくて笑みが溢れてしまう幸福感いっぱいのネコたちのイラストとは裏腹に、ルイスの人生は最愛の妻をなくすなどの計り知れない痛みに満ちたものだった。それでも彼は描き続ける。そうすることで妻や猫と過ごした掛け替えのない日々を永遠に抱きしめるかのように。

時に少年のように無邪気に、時に心が引き裂かれそうなほど切なく、カンバーバッチの存在感が緩急自在に魅せる。ルイスが両手を同時に使って即座に描きあげる画法も必見だ。

「電気を感じるか・・・?」

個人的に興味関心を惹かれたのは、電気や写真の発明に湧くヴィクトリア朝が持つ独特の活気だ。以前、ティモシー・スポール主演の『ターナー、光に愛を求めて』でも、クライマックスに、国民的画家ターナーが写真技術と出会うシーンが添えられていたのを思い出す。

おそらく画家の誰もが脅威に感じたであろう文明と科学の激変期。ルイス・ウェインは期せずして自身の個性的な画風を存分に解き放つことになる。決して時代の先を読んだわけでも、計算高かったわけでもない。だがそこには前述の通り、人がそれまで見向きもしなかった存在へと視線をいざない、その輝きに自ずと気づかせて微笑ませる、非常に新しい感性があったのだと思う。

そしてルイス自身、誰よりも”電気”の虜となっている点が面白いところ。彼は言う。「電気を感じるか?」と。愛や感動を感じた時にほとばしる電流のような衝撃を、このように表現しているのだろう。

電気はやがて彼の絵の中の猫にまで及び、そこでは電流を帯びて曼陀羅のように広がりゆくエキセントリックな猫もいる。人生の後期には特に不幸が相次ぎ、戦争の時代も迎えたし、彼自身の精神状態も芳しいものではなかったという。しかし日系イギリス人のウィル・シャープ監督の描き方は常に温もりに満ち、その人生を優しく清らかな光で包み込むかのように本作を見事にまとめ上げる。テルミンなどを用いた音楽も効果的で、我々に確かな電気をもたらしてやまない。

極めて独創的なルイス・ウェインの半生と、その心の中に広がる風景に、ぜひ触れてみてほしい一作だ。



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